
ERIC CLAPTON LIVE AT BUDOKAN 2025
通算100回に到達した前回の日本武道館公演から2年で再び日本にやってきたエリック・クラプトン。24回目となる来日公演は彼が遂に80歳を迎えた直後というタイミング。2007年のクロスローズ・ギター・フェスティヴァルで81歳を迎えたB.Bキングのステージを舞台袖から見守っていたエリックも今やその年齢に追いつこうとしている。依然世界中を回り続ける驚異的な活動を続けているのはファンなら先刻承知だが、普通のスターなら引退して悠々自適の隠居生活を送っていてもおかしくはない。それでも海を越え、大きな時差をものともせずにプレイし続けるエリックの姿を目に焼き付けようと、日本、いや世界中からやってきたオーディエンスが客席を埋め尽くす武道館の初日、4月14日公演に足を運んだ。
日本の恩師を追悼するために戻ってきたエリック
新しいStratocasterのハートフルな響きが武道館を満たす
今回のクラプトン・バンドはネイザン・イースト(Ba,Vo)、ソニー・エモリー(Dr)、ドイル・ブラムホールII(Gt)、クリス・ステイントン(Key)、ケイティ・キッスーン(Vo)、シャロン・ホワイト(Vo)というお馴染みの顔ぶれだが、前回までオルガンとソウルフルな歌声で貢献してきたポール・キャラックが外れ、2006年にメンバーとして来日経験もあるティム・カーモンが復帰。オルガンとリードシンセのパートを担っていた。ステージ頭上には6枚の縦長ディスプレイが設置され、プレイヤーの近接ショットが随時投影される仕組み。これが非常に高画質で、エリックの手元もたっぷり映し出してくれた。

ほぼ定刻通りに現れ、同時に配置につくエリック以下8人のメンバー。手にするのはもちろんFender Eric Clapton Stratocaster(Dunkel Blau)。今回エレクトリックパートで使ったのはこれ1本だけだ。ドラムの短いフィルインをきっかけにDmコード1発を一斉に鳴らすオープニングがB♭からCへと進行し、エリックが指慣らしのようなリックを奏でると、コードがGmに移ってバンドは荘厳な5/4拍子を打ち鳴らし始める。日本での演奏は2003年以来22年ぶりとなる”White Room”の意外なスターター起用に観客は大興奮だ。クリームでのジャック・ブルースのパワフルな歌と比べるとレイドバックした節回しがエリックのヴォーカル版の特徴だと思うが、”Yellow Tigers”と声を張り上げるあたりのワイルドさには年齢を感じさせない力が漲る。ギターソロではワウペダルを勢いよく踏み、ここでも大喝采が沸き起こった。
ここ最近は2曲目が定位置の”Key To The Highway”でバンド一丸となった軽快なシャッフルでストンプさせ、会場が温まったところでウィリー・ディクソン作でマディ・ウォーターズの十八番でもある大スタンダード “Hoochie Coochie Man”に繋げる流れもここ最近の定番。先頃劇場公開もされた1994年のブルースツアーの頃の先達に近づこうとするあまりの力みに比べると、リラックスしつつも必要な箇所だけにドスを効かせる「省エネ唱法」が非常に効果を上げていて、メリハリも利いた絶妙なパフォーマンスだった。これに続くのが昨年から採用しているAコードのバンプ的なイントロのついた”Sunshine Of Your Love”。これも日本で演奏するのは”White Room”同様22年ぶりで、中盤のギターソロはあの”Blue Moon”のモチーフを使ったメロディで始めるが、途中からは自由に崩していく。 内蔵のアクティヴミッドブースターのコントロールを目一杯にした状態ではクリーム期よりもむしろハードに歪んでいる程で、この音色も今やすっかりお馴染みになった。
ステージは一旦シットダウンセットに移り、演奏前に珍しくエリックがマイクに向かって話し始める。一昨年の10月15日に92歳で世を去ったウドー音楽事務所の創業者、有働誠次郎氏への思いを吐露していたが、1974年の初来日時から、アルコール等の問題を抱え、あまり素行の良くなかった時代のエリックをサポートし、彼を更生させることに尽力した1人でもある有働氏への感謝は我々が想像する以上に大きいのだろう。アコースティックギターをつま弾きながら歌い出したのはロバート・ジョンソンの”Kind Hearted Woman”。今やエリックの歌のほうが知られているかもしれないが、流石に寄る年波かファルセットがうまく出ず苦慮する様子も。しかし豊かな表現力は今が最高かもしれない。
続いて久しぶりの新作”Meanwhile”から、旧友であり、3年前にこの世を去ったボブ・ニューワースが2001年に出したアルバム『Havana Midnight』(日本のドリームズヴィルレコードからのリリースが当時密かに話題になった)に収録されていた”The Call”。オリジナルはフォーキーなシャッフル曲だが、エリックは三連バラードにアレンジ。しみじみと噛みしめるような歌声が胸を打った。1994年のブルースアルバム『From The Cradle』で取り上げたバーベキュー・ボブことロバート・ヒックス作の”Motherless Child”では12弦アコースティックをかき鳴らす。すっかりシットダウンセットの定番となった”Nobody Knows You When You Down And Out”で和やかなムードになったところで、70年代後半のエリックに思い入れのある筆者には涙ものの”Golden Ring”が登場。1978年の『Backless』に収録され、過去一度もステージで歌われたことがなかったが、コロナ禍の2021年に収録された『The Lady In The Balcony: Lockdown Sessions』で突如取り上げられ驚かされた1曲。日本で聴けるとは思っていなかったので、これは感激だった。シットダウンの締めはレゲエアレンジもすっかり板についた”Tears In Heaven”。クリス・ステイントンがペダルスティールの音色を模したキーボードでカントリー風味を加え、ドイル・ブラムホールもそこにコードサウンドを重ねて夢心地の空間を作りだしていた。

再び立ち上がりストラトキャスターを肩にかけて始まったのはジョージ・ハリスンと共作してクリームのラストアルバムに収録された”Badge”。70年代中期のステージ以降お馴染みとなった最後に”Where Is My Badge”のコーラスがついたヴァージョンだ。以前のように延々とソロを弾き倒すアレンジではなく、ゆったりしたフレーズをコンパクトにまとめるような方向に変わってきているが、やはりエリックを代表する曲の一つだけに会場のヴォルテージも上がる。ドイルがエリック風のフレーズで応戦していたのも微笑ましかった。
今回のエリックのパフォーマンス最大の見せ場になったのが続く”Old Love”で、ストラトの鈴鳴りのようなクリーントーンからブーストを全開にした唸るような音色、そしてピックアップのポジションも幅広く使って、ハートフルな演奏を繰り広げる。若い頃のようなスピード感あるフレーズは減ったし少々のミスはあるのだが、一音一音に気持ちを込めてピッキングしていくようなプレイに、発売当初はこの曲が正直それほど好きではなかった筆者もグッと惹き付けられた。観客がスマホのライトを灯すのがすっかりお約束になった”Wonderful Tonight”をあっさりとしたアレンジでこなすと、パワフルなギターイントロが導く”Crossroads”のリフが始まる。クリームのライヴで聴けるようなアップテンポではなく、ブラインド・フェイス~ドミノズ時代のライヴアレンジの延長上にあるミドルテンポのヴァージョン。これも1人で弾きまくるのではなく、バンドメンバー同士で楽しげにソロを回すなど和気あいあいなムード。終盤のロバート・ジョンソン作”Little Queen Of Spade”ではじっくりと盛り上げるエリックのソロに加え、もろにアルバート・キング風のフレーズを繰り出すドイルの見せ場もあった。そしてネイザンのベースイントロから始まる”Cocain”でもソロを回し、バンドとしての一体感を演者も観客も存分に楽しむ終盤。クリスのソロが大いに盛り上がったところに観客が”Cocain!”と叫ぶエンディングもすっかりお約束になった。アンコールにはボ・ディドリー作でどこかジミー・リードを思い出させるエリックの古くからの愛唱歌”Before You Accuse Me”を。元々最後はブルースナンバーで締める定番パターンも多かったので、この選曲にも納得。派手さはないが味わい深いエンディングだった。尚、筆者は一週間後の4月21日公演にも足を運んだが、この日のアコースティックセットでは70年代から歌い続けている”Driftin’ Blues”やネイザンにヴォーカルを任せてギターに専念したスティーヴ・ウィンウッド作”Can’t Find My Way Home”も久々に聴くことができた。今回のセットリストは珍しく”I Shot The Sheriff”や”Layla”を含まず、”Wonderful Tonight”をカットする日もあったが、クリーム時代のナンバーが多かったりブルース色が強めだったりと、コアなファンも満足できた内容だったように思う。これが最後の来日になるという噂が流れるのも今や恒例になったが、エリック本人のやる気がまだまだ伝わってくる充実のステージだった。
Photo by Masanori Doi
機材レポート


70年以降フェンダーのストラトキャスターをメインで使い続けているエリックだが、今回のエレクトリックセットのメインギターは去年から使っているDunkel Blau(ドゥンケルブラウ)カラーというほとんど黒に見える濃紺のモデル。マスタービルダーのトッド・クラウス製作によるもので、アルダーボディにメイプルワンピースネック、ミッドブースターなどこれまでのシグネイチャーストラトの仕様を踏襲したものだが、市販モデルのTBXトーンコントロールではなく、ノーマルなトーンコントロールを採用し、さらにピックアップの切り替えスイッチは5ポジションではなく3ポジション。ストラトの場合、特に70年代はハーフトーンも多用していたエリックだが、今はこの音色は使わないセッティングになっていたのは驚きだった。サブギターとして2019年の来日公演でメインギターとして使われたAlmond Greenカラーのストラトもスタンバイ。この2本はどちらもエリックの車の色なのだそう。さらにパレスチナ支援のチャリティーコンサートで使われた、赤、緑、黒、白の国旗色がペイントされたストラトも用意されたがステージに登場することはなかった。弦は010~046のセット。弦高は12フレット付近が2.0mmほどあり、これはアコースティックギターと同じくらいで、エレキとしてはしっかりしたテンションを感じる高めの設定だが、エレキとアコギを同じ感覚で弾きたいというエリックの希望ということだ。
ピックは70年代から変わらないティアドロップ型のナイロン製ヘヴィを使用。厚みとしては0.8~0.9mmといったところ。毎年新しいものを作っており、今年も<Eric Clapton 2025>の刻印がされていた。


使用アンプはこれもここ数年お馴染みの’57 Bandmaster。ヴォリュームやトーン類のコントロールは潔くすべて「7」の位置にセット。ギターテックのダン・ディアンリー氏によれば会場によって少しトレブルを上げることもあるとのことだが、この状態でギター側のヴォリュームやミッドブースターをコントロールしながらクリーンからオーヴァードライヴまでの音色を作り出すのがエリック流。足元はワウペダルとレスリースピーカー用のスウィッチのみという、もう何年も変わらないシンプルなセッティングだ。
【SET LIST】
2025年4月14日(月)
01. White Room
02. Key To The Highway
03. Hoochie Coochie Man
04. Sunshine Of Your Love
05. Kind Hearted Woman
06. The Call
07. Motherless Child
08. Nobody Knows You When You’re Down And Out
09. Golden Ring
10. Tears In Heaven
11. Badge
12. Old Love
13. Wonderful Tonight
14. Crossroads
15. Little Queen Of Spades
16. Cocaine (with wah-wah solo!)
17. Before You Accuse Me (Encore)