
草刈愛美(サカナクション) | Fender Experience 2025
ジャンルや世代を超えた注目アーティストによるライヴ、名器たちとの出会い、音楽と触れ合うワークショップ。音楽、クリエイティビティ、そして人とのつながりが交錯する体験型イベント〈FENDER EXPERIENCE 2025〉が、10月11日(土)〜13日(月・祝)の3日間にわたり原宿・表参道エリアの3会場にて開催された。ここでは11日、ラフォーレミュージアム原宿にて行われた、サカナクションのベーシスト草刈愛美によるスペシャルトークセッションの模様をお届けする。
“音を動かせばコードが変わる”――草刈愛美が語るベーシストとしての責任と喜び
「こんなにたくさん来てくださって、本当にありがとうございます」。冒頭、少し緊張した様子を見せながらも笑顔で感謝を伝えた草刈。「フェンダーなんて、憧れのブランド。まさか1人でこんなイベントに立つ日が来るなんて」と、思わず漏れる本音に会場からも温かな拍手が起こった。
トークの最初のテーマは“Why the Bass?”。音楽との出会いは幼少期にさかのぼる。ピアノやレコードプレイヤーを所有していた家庭で、自然と音楽に親しんだ草刈。テープをダビングしてミックステープを作ったり、小学校時代には劇の効果音を自作するなど、モノづくりの芽は早くから芽生えていた。「低い音、カッコいい!」。その感覚を、初めて自覚したのは中学2年の頃。学校のバスリコーダーを吹いた時だったという。
「低音って、音として認識するのにエネルギーが要るじゃないですか。でもそれがズシンと来る。左手で展開を作っていくような、和音の下でうねる感じがすごく気持ち良かったんです」

自身が低音楽器に惹かれた理由を、今改めて思い出すように語った。中学時代にはすでに友人と一緒に曲作りを始めていた。言葉を書くのが得意な友達とノートを交換しながら、「これで曲が作れるんじゃない?」と盛り上がり、自然とバンドへの憧れが芽生えていったという。“どうやらバンドという形態があるらしい”と知ったのは、ちょうどその頃。友人のエレキギターを借りて、4弦だけを鳴らして「ベースっぽい音」を鳴らしていたのが彼女の原点だった。
高校時代にはガールズバンドを結成。北海道の寒さと音への情熱が交差する中、ドラムが叩ける友人宅に小さなアンプを持ち込み、その一室でアンサンブルを組んでいたという。そのバンドでライヴはほとんどできなかったが、オーディションには積極的に応募。やがて、同じ会場で山口一郎(現サカナクション)と顔を合わせるようになった。転機となったのは、夕張で開催されたイベント。“東京でレコーディングができる権利”を獲得し、大学生だった草刈はついに本格的なレコーディングの現場へ。
「その時の興奮が忘れられなかった」と語る草刈は、さまざまなバンドを経て音楽経験を深めていく。ザ・フー、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、オアシス、ビョーク、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ…音楽的嗜好はどんどん広がり、日本のロックから海外のオルタナティヴまで、多様なサウンドに影響を受けていった。
そんな中、「サカナクションがツアーをやるけど、ベースを弾いてくれないか」と声を掛けたのが、ギタリストの“モッチ”こと岩寺基晴だった。「いいな、ツアー行きたいな」と思った彼女は、その流れでサポートメンバーとしてサカナクションに参加。そこから今に至るストーリーが、静かに、しかし確かな熱量で語られた。
「1人でこんなふうに話すのは初めてなんですけど…」と少し照れつつ、「皆さんがこうして静かに耳を傾けてくださって、本当にありがたいです」と草刈。「たくさんしゃべってしまったので、ここからは私の“声”ではなく“ベース”で語らせてください」。そう言って、この日用意した5本のフェンダーベースを1本ずつ演奏。音の違いをオーディエンスとともに確かめた。まず披露されたのは、1977年製のJazz Bass。
「すごく硬くて重たい。でもそのぶん、音の伸びが素晴らしい」とコメントし、ロングトーンを多用したメロディックなプレイを披露した。続いて紹介したのは1961年製のPrecision Bass。ひとしきり弾いたあと「パンチがあるよね」と草刈がつぶやくと、会場からも深くうなずくような空気が流れる。3本目は、2022年に発売された現行品のAmerican Vintage II 1954 Precision Bass。「これはとても優しい音。丸くて包み込むようなサウンドが魅力」。そう言って口ずさむように歌を添えながら、音の余白にまで心を込めるように演奏した。


「私は緑色が大好きで。このベースはツアー用にローディーさんからお借りした1本。レンジが広くて、プレベとはまた違った立体感が出せるんです」。そう言って4本目の1966年製のRefinish Jazz Bass(Charcoal Frost Metallic)を、実際のライヴ録音に合わせて演奏すると、自然と観客の手拍子が起こる。そして最後に披露されたのは、American Professional Classic Precision Bass。この日“世界初公開”となった1本だ。


草刈は、他のモデルと比べてその“レスポンスの速さ”と“音の押し出し”に驚いたという。「私はどちらかというと古い楽器が好きで、新しい楽器ってちょっと構えてしまうんです。でもこれは、弾いた瞬間に“音が出てる”って感じられる。立ち上がりが速くて、しかも明るい音。これまでのフェンダーとはまた違った魅力を感じました」
演奏後には、ベースプレイにおける“こだわり”についての話題にも踏み込んだ。草刈が特に重視しているのは、出している音を“ちゃんと聴く”ことだという。「ベースって、バンドの音の一番下を支えている存在。私が音を動かすと、コード全体が変わってしまう。だから、どんな音を出すかにはすごく責任があると思ってます」と語った。
そして最後に、草刈は深く頭を下げてこう結んだ。
「ベースだけでこれだけたくさんお話しする機会は初めてでした。拙い話を聞いてくださって、本当にありがとうございます。ずっと昔から好きだった楽器です。こうしてフェンダーのイベントで話すことができて、本当に光栄です」
楽曲の“背骨”を鳴らし続ける草刈愛美のプレイは、これからも多くの人に、音楽の本質を届けていくに違いない。



