
アンディ・ヒックス「ギターセッティング」 | Fender Experience 2025
ジャンルや世代を超えた注目アーティストによるライヴ、名器たちとの出会い、音楽と触れ合うワークショップ。音楽、クリエイティビティ、そして人とのつながりが交錯する体験型イベント〈FENDER EXPERIENCE 2025〉が、10月11日(土)〜13日(月・祝)の3日間にわたり原宿・表参道エリアの3会場にて開催された。ここでは、11日にラフォーレミュージアム原宿で行われたFender Custom Shopのマスタービルダー、アンディ・ヒックスによるワークショップの模様をお届けする。
マスタービルダー、アンディ・ヒックスが明かす世界最高峰のセットアップ術
世界最高峰のギター製作技術を誇るFender Custom Shopのマスタービルダーによるワークショップも〈Fender Experience 2025〉の大きな見どころだ。現在12名いるマスタービルダーのうち、今回は4名が来日。1日目のマスタービルダーワークショップにオンステージしたのは、アンディ・ヒックスだ。
ハリウッドにあるギタークラフトアカデミーで学んだ彼は卒業後、フェンダーの傘下ブランドであるジャクソンとグレッチのカスタムショップなどで修業を積んだのち、2022年にFender Custom Shopのマスタービルダーに加わった。
「ギターは10代の頃からプレイしていました。同時に模型作りも好きだったんです。そのうち自分のギターを改造するようになり、ギター製作に興味を持つようになりました。そしてギタークラフトアカデミーに通っている時、Fender Custom Shopのマスタービルダーの話を聞いて、単なる仕事ではなく、情熱を持って取り組めるに違いないと思い、マスタービルダーを志しました」
アイアン・メイデンのデイヴ・マーレイのStratocasterをはじめ、さまざまなギターの製作に携わってきたが、先日、ともに70周年を迎えた『ゴジラ』とフェンダーによるコラボレーションが話題になった、Custom Shop製のゴジラギターも彼の作品だ。
「自分にとってギターヒーローの1人であるデイヴ・マーレイのギターを作ることになるなんて、最初は信じられませんでした。依頼の電話を受けたのは車の運転中だったので、車を止めて、いったん気持ちを落ち着かせました(笑)。自分が作ったギターを、彼が毎晩プレイするなんて、夢のようです。ゴジラギターは1点ものとして作りました。5歳の頃からゴジラのファンだったんです。日本のフェンダーチームと東宝からオファーがあった時、キング・オブ・モンスターとキング・オブ・ギターによる素晴らしいコラボレーションになると思いました。初代から平成ゴジラ、『シン・ゴジラ』『ゴジラ-1.0』という50年代からのゴジラの歴史をギターの裏面で表現しました。前面が白と黒というシンプルなカラーリングになっているのは、モノクロだったオリジナルのゴジラへのオマージュです。ゴジラギターは一緒に作ったロサンゼルス在住のアーティスト、トム・ニーリーと私からのゴジラへのラブレターなんです。小さい緑のボタンをプッシュすると、ゴジラが吠えるんですよ(笑)」
さて、アンディが今回見せてくれたのは、ネックをはじめバラバラになったパーツを1本のギターに組み立てるセットアップのスキルだ。作業はピックガードの裏にある電子回路のはんだ付けからスタート。



「マスタービルダーは組み立て、セットアップ、そしてレリックまですべて1人でやるため、ギターにその個性がはっきりと出るんです。もちろん、量産品のギターが悪いわけではありません。そもそもレオ・フェンダーはそれを意図していたわけですから。ただ、マスタービルダーは作り方のスタイルがそれぞれ違うため、すべて1点ものというところでユニークなものになるんです」
そんなことを語っているうちにはんだ付けを終えたアンディは、続いてトレモロブリッジの固定からネックの取り付けと迅速かつ丁寧に作業を進めていく。もちろん、その手元を映し出す大型のLEDビジョンを食い入るように見つめる観客に細かいスキルを伝授することも忘れない。
「はんだをこてに当てて、溶かして付けるのではなく、はんだ付けしたいワイヤーをこてで充分に熱して、その熱くなったワイヤーではんだを溶かすのがはんだ付けのコツです。また、トレモロブリッジやネックを固定する時、木ネジをいきなり締めるのではなく、いったん緩む方向に回して、ストンと落ちたところから締めるとネジ穴が広がることはありません。ギターに取り付ける前に違う穴に1回、木ネジを締めこんで、木ネジが真っ直ぐかどうか確認することも大切です」
そして、ネックをボディにはめると、アンディはネックプレートを木ネジで軽く締めた状態で弦を張り始める。
「こうすると、弦に引っ張られてちょっとずつネックが動いて、本来あるべき場所に落ち着いて、チューニングが安定するんです。それからネックプレートの木ネジを締めてネックを固定する。最初にカチッと固定してしまうと、ネックポケットがダメージを受けることもあるんです」
そこから「私はストレートなネックで1〜2弦は1.5ミリ、3〜6弦は2ミリにしていますが、自分のフィーリングでちょうどいい高さを探してください」と弦の高さを調整。そして「実際にギターを弾く時の姿勢で合わせることが重要」と言いながらチューニング、それからアンプにつないで音のチェックをして、作業開始から50分ほどでセットアップは終了。ヘヴィレリックが加えられた2トーンサンバーストの70th Anniversary 1954 Stratocasterが完成した。
しかし、ワークショップはまだ終わらない。観客がアンディに大きな拍手を送る中、MCに紹介され、伝説的なマスターピックアップワインダー、ホセフィーナ・カンポスがオンステージ。エレキギターの心臓とも言えるピックアップのハンドワインドを実演する。ピックアップボビンをワインディングマシーンで回しながら、そこに極細のワイヤーを83,000回から85,000回巻き付ける絶妙かつ繊細な手の動きがピックアップのクオリティを左右するのだそうだ。

「フェンダースタイルのギターを作る時、ホセフィーナのピックアップ以外使うことはないんです」
アンディの言葉通り彼女のピックアップは、マスタービルダーが作るほとんどのギターに搭載されている。そのホセフィーナはレオ・フェンダーの愛弟子であり、彼女の師匠であるアビゲイル・イバラからどんなことを教わりましたかという質問に「細心の注意を払えという教えの通りすべてのピックアップを大切に作ってきましたが、明かせない秘密もあります(笑)」と答える茶目っ気の持ち主。
アンディによるギターのセットアップに加え、レオ・フェンダーからアビゲイル・イバラ、そしてホセフィーナに伝えられてきた一子相伝の手巻きのスキルも合わせて、目の当たりにできたことは、観客にとって貴重な経験になったはずだ。


