My Original Playlist | 亀田誠治 -後編-
アーティストのルーツを紐解きながら、お気に入りのプレイリストと共に音楽のこだわりを語ってもらう「My Original Playlist」。最終回は、日本屈指のプロデューサー&アレンジャーであり、ベーシストとしても東京事変、Bank Bandなどで数々の名演を残している亀田誠治が登場。ミュージシャン、そしていち人間としての“亀田誠治”を形成し、今も胸を焦がし続ける珠玉の曲たちを、素敵なエピソードと共に紹介してもらいました。
U2「With or Without You」のベースラインだけで泣けてくるんです
― 6曲目にTOTO「99」とシェリル・リン「Got To Be Real」の2曲を挙げていますね(笑)。
亀田誠治(以下:亀田) 「99」でも「Got To Be Real」でもいいんですけど、デヴィッド・ハンゲイトが参加した曲を選びたかったんです。TOTOは僕が中学生の時にデビューしているんですけど、スタジオミュージシャンがバンドを組んだことが衝撃でした。それでTOTOを夢中で聴きましたが、グルーヴィに弾くハンゲイトのスタイルには本当に憧れました。それと、僕はミュージシャンマナーに関してハンゲイトの影響をすごく受けているんです。どういうことかと言うと、ハンゲイトはピック、スラップ、指、ツーフィンガーと、常に音楽が求めている奏法で弾きます。それがハンゲートのミュージシャンマナーです。僕もそういう風に、音楽が求めている奏法で弾けるようにしたいと思いあらゆる奏法を練習しました。TOTOがシーンに登場してきたのは、ちょうど僕がベースを買って練習していた時期なので、そういう意味でもすごく影響を受けましたね。後に話すマーカス・ミラーはコピーできないテクニカルな部分があるのですが、ハンゲイトのベースは頑張れば弾けるところがいいんですよ。
― というと?
亀田 要はすごくシンプルなんです。すべてが曲のグルーヴのためにあって、無駄な音が一切なくて隙間もあって…。彼は、ロック的なアクションもファンキーなアクションもまったくしなくて、TOTOのミュージックビデオを観ると全然動かないから“大丈夫ですか?”って感じなんです(笑)。でも、出てくる音は最高にファンキーだし最高にロックだし、本当に大好きですね。「Got To Be Real」は夢中でコピーしました。3番か4番のサビで一発だけ入るフィルがものすごくカッコいいんです。そこまではずっと同じフレーズしか弾いていないのに、一発だけ違うフィルが来た時に“ヤバい! 死ぬ!”と思いました(笑)。
― その一発は楽譜に書かれていたんでしょうか?
亀田 いや、フィーリングだと思います。そういうところの気の利かせ方がいいんです。しかもそれがキャッチーに聴こえる。それがスポットでハマるところに、うまく入れてくるんですよ。
― 曲にちゃんと溶け込んでいるんですね。
亀田 そうですね。あとはスタジオに遅刻しないといった基本的なミュージシャンマナーを守ってきた人でもあり、そういうことも僕は大切にしたいと思っています。ハンゲイトは、ここ20年くらいはナッシュビルに住んでいるんです。TOTOを脱退したのはLAの仕事があまりにも多すぎて、その流れに疲れて、もっとスローライフを送りたいということでナッシュビルに移住したんですけど、彼なら絶対にどこへ行ったって通用しますよ。
― TOTOは今年でデビュー40周年を迎えましたね。
亀田 40年の歴史があってメンバーも移り変わっていますが、TOTOではジェフ・ポーカロとハンゲイトがリズム隊を務めていた時が一番好きですね。プレイリストに挙げた「99」の曲の頭でハンゲイトがファンキーなベースを聴かせてくれますが、曲の後半ではものすごくメロウなベースを聴かせてくれて、ハンゲイトのベースはルカサーのギターよりも泣いています。
― そしてU2の「With or Without You」。
亀田 U2に関してはアダム・クレイントンのベースがどうこうというよりも、バンドの中でのベースのあり方について考えてしまうんです。「With or Without You」のベースは同じフレーズを5分弱ずっと弾いているだけなんですけど、そういうベースのあり方って何なんだろう、って思いません?このベースラインだけで本当に泣けてくるんですよ。なかなかU2は来日してくれないので、海外までライヴを観に行くんですけど。
― The Joshua Tree Tour 2017は行きましたか?
亀田 LAで観ました。アダム・クレイントンは老体に鞭打って、「With or Without You」で同じフレーズをずっと弾いていました。
― フレーズで遊んだりはしないんですか?
亀田 遊ばないですね。何も変えないんですよ。「With or Without You」はU2のシグネチャーソングじゃないですか。それをアレンジも変えず、そのままやり切るってところにある意味ロックの信念を感じました。もちろん変わること、リノベーションも大事だけれど、変わらないことも大事なんだという信念を感じるんです。そしてそこには、この曲が誕生してから30年経ったU2の姿があるわけです。それだけでストーリーになる。僕は「With or Without You」の8ビートだけで1年間は暮らせますよ。
― (笑)!
亀田 本当です。ドラムが変わっても、ベースは変わらないんです。すごい曲だしすごいベースプレイです。
― そう言われるとすごいです。ブレないってある種のロックなアティチュードですからね。
亀田 大学生の時かな、車の中でこの曲を聴いて号泣しました。それまでアイルランドの旗を振って大暴れしていたU2が、もうひとつ上のステージに上がっていった感じがしたんです。メッセージだけじゃない、音楽そのものに集中している感じがしましたね。
― アメリカツアーを行った影響も大きいと思うんですけど、あの時期U2はそれまでのパンク的な感じから、音として伝えていくという方向に完全にチェンジしましたよね。
亀田 本当に音楽第一主義という感じになりました。僕らもどうしてもやっている音楽を説明したり語ったりすることがありますけど、音そのものが良くないと絶対にダメなんだなと思い知らされました。
― 旗を振って戦うよりも、良い音を前面に出したほうがみんなとユナイトできるんでしょうね。
亀田 ユナイト、いい表現ですね。LAのローズ・ボールで9万人が大合唱する「With or Without You」はヤバかったですよ。身体が浮きますから。9万人全員が会場まで車で来るから、駐車場から出るのに3時間くらいかかるんですけど(笑)、その価値はありました。
マーカス・ミラーはJazz Bassにもう一度息吹を与えた
― そして次が「Just the Two of Us」。
亀田 これはフェンダーベースの革新的な一面です。僕のプレイスタイルからは想像しないと思うんですけど、実はマーカス・ミラーが大好きなんです。フェンダーのジャズベースは最高の音色と操作性があるのにもかかわらず、マーカスは自分でプリアンプをぶち込んで彼の音を作ってしまった。音色でマーカスだってわからせる“彼の音”を作ったんです。マーカスはJazz Bassにもう一度息吹を与えた気がしますね。
― 亀田さんもJazz Bassを愛用していますよね。
亀田 僕は66年製のJazz Bassを愛してやまず、もう30年くらい弾いているんですけど、子供の頃はジャズベがあまり好きじゃなかったんですよ。Jazz Bassって形が女々しいじゃないですか(笑)。Precision Bassのほうが男らしいなって思ってたんです。でも、大学2年生の時にたまたま手にした今も使っている66年製のJazz Bassが本当に自分にフィットして、愛妻になったんです。
― そうだったんですね。
亀田 ちょうどその頃、マーカスが一世を風靡していたんですけど、自分のJazz Bassではどうしてもマーカスみたいな音にならないんですよ。調べたら“どうやらプリアンプを入れてるみたいだ” “そう言えばツマミも付いてるし…”ということがわかっていったんです。僕はマーカスのように改造はしなかったですけど、それを知ってなるほどと思ったんです。マーカスの登場によってブラックミュージック、クロスオーバーミュージックの裾野が広がったと思うんですね。マーカスのあのプレイに憧れて、ベースを弾く子が世界中にたくさん生まれました。だから今のベーシストも、マーカスを知らなくても何かしらのDNAを受け継いでいると思うんです。
― なるほど。
亀田 マーカスが一昨年に来日した時、彼のベースに触らせてもらったんです。ピッチも毎回調整しないとダメらしいんですけど、それでも使い続けている。だけど今、マーカスが弾いているベースは「Just the Two of Us」の時と同じ音なんですよ。つまり、彼は自分の音を持っているんですよね。僕はわりと歪んだベースの音を使うんですけど、マーカスのパキッとした音も大好きなんです。彼は、本当にベースの音をキャッチーにした人、カラフルにした人だと思っています。僕がマーカスから学んだのは、“自分の音を持つ”ということです。ベーシストはみんな持っていますよ。ジェームス・ジェマーソンもポール・マッカートニーもキャロル・ケイも。だけど、これだけ明確な自分の音を作り上げたのはマーカスが最初じゃないのかなという気がします。
― マーカスはグルーヴだけじゃなくて、彼の音があるんですね。
亀田 そうですね。マーカスの音はキャッチーなんですよ。このキャッチーさは、それまでなかったものです。例えるなら、ペヤングソースやきそばが誕生した、みたいな感じですかね。本物の焼きそばよりも美味いかも!みたいな(笑)。
― 上手い例えかどうかはわからないですが、言い得てるような気はします(笑)。でもマーカスの出現は、ベースヒーロー誕生!みたいな感じがありましたね。
亀田 マーカスの少し前にジャコ・パストリアスがいましたけどね。マーカスがフレットレスを弾くとジャコの影響のように感じますが、マーカスが自分でフェンダーのベースを弾くと本当に彼以外の何者でもないんです。そこも含めて、確かにベースヒーロー誕生的な感じでしたね。なので、マーカスのフォロワーは山ほどいて、楽器屋に行くと山ほどマーカスのフレーズが聴こえてきましたから。
― 最後がエリック・クラプトンの「Change The World」。ベースを弾いているネーザンイーストは、ある意味マーカスとは対極にいるベーシストですね。
亀田 マーカスは、ブルックリン育ちのニューヨークのヤンキーなんじゃないのかな?と思うわけです。行く時は必ずグワー!って行くしオラオラ感もあります。それに比べてネイザンは洗練されています。マーカスはセッションもプロデュースもするけれど、ブルックリンの“オラオラノリ”でグイグイと引っ張っていくヒップな感じ。対してネイザンは、ロックからフュージョンからジャズまですべてが交わるタイプです。フィル・コリンズもクラプトンも、マイク・ポーカロが亡くなった後のTOTOもベースはネイザンでしたよね。それくらいストライクゾーンが広いんです。
― 日本のアーティストとも演っていますしね。
亀田 小田和正さんと演っていますね。僕はネイザンとも面識があるんですけど、この守備範囲の広さが彼の人柄にも現れていると思います。とにかく目の前にある音楽にベストを尽くそうとする姿勢がすごくて、そのオーラが現れています。セッションでもライヴでも、今そこにある音楽のためにベストを尽くす。あとはグラミーの授賞式やグラミーバンドでも弾いています。そういう時も、絶対にファーストコールベーシストなんですよ。すごく穏やかで、いつもニコニコと笑って明るくて。そう言えば20年くらい前のベース・マガジンでネイザンの特集が組まれた時に、弾き始めはPrecision Bassだったって書いてありました。プレベはロック黎明期からここまで音楽を支えているわけですよね。
› 前編はこちら
【亀田誠治のMy Original Playlist】
- 1.Elvis Presley / Jailhouse Rock
- 2.The Jackson 5 / I Want You Back
- 3.The Beatles / Hello, Goodbye
- 4.The Beach Boys / God Only Knows
- 5.Carpenters / I Won’t Last A Day Without You
- 6.TOTO / 99
- 7.Cheryl Lynn / Got To Be Real
- 8.U2 / With or Without You
- 9.Grover Washington, Jr. / Just the Two of Us
- 10.Eric Clapton / Change the World
亀田誠治
64年、ニューヨーク生まれ。これまでに、椎名林檎、平井堅、スピッツ、GLAY、Do As Infinity、いきものがかり、JUJU、秦基博、絢香、チャットモンチー、フジファブリック、NICO Touches the Walls、WEAVER、エレファントカシマシ、MIYAVI、東京スカパラダイスオーケストラ、大原櫻子、赤い公園、GLIM SPANKY、片平里菜、大森靖子、flumpool、SCANDAL、山本彩など数多くのアーティストのプロデュース、アレンジを手がける。04年夏から椎名林檎らと東京事変を結成。12年閏日に惜しまれつつも解散。05年よりap bank fesにbank bandのベーシストとして参加。2007年第49回、2015年第57回日本レコード大賞、編曲賞を受賞。2009年、2013年には自身初の主催イベント「亀の恩返し」を日本武道館にて開催。近年にはJ-POPの魅力をその構造とともに解説する音楽教養番組「亀田音楽専門学校」が、NHK Eテレにてシリーズ放送され反響を呼んだ。
› 亀の恩返し | http://kame-on.com/