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Cover Artist | TOSHI-LOW、KOHKI(BRAHMAN/OAU)-前編-

周りの誰かがフェンダーを買ったら家まで見に行っていました。そのくらい高尚なイメージ

日本のパンクムーヴメントを牽引。バンド結成25年を超えてなお精力的な活動を展開し、後進のバンドに多大な影響を与えているBRAHMAN。そのヴォーカリストであるTOSHI-LOW と、ギタリストのKOHKI がFenderNewsのCOVER ARTISTに登場。インタビュー前編では、ギターを初めたきっかけ、フェンダーギターにまつわるエピソード、そしてAmerican Acoustasonicシリーズのインプレッションを聞いた。

僕らもう勘ですから、当たればデカいけどハズレもデカい

― まずは、ギターを始めたきっかけから教えてください。

KOHKI きっかけは中学1年生の春休みぐらいですね。BOØWYのビデオを観てです。ヒムロック(氷室京介)じゃなくてなぜか布袋さんに惹かれたんです。BOØWYは4人組ですが、“スゲー! 4人であの音が出るんだ! 俺もできるんじゃね?”と勝手に思ってギターを始めました。だから、最初に目指したギタリストは布袋さんです。でも、BOØWYをコピーしようとしたら難しすぎて(笑)。実家が和歌山県なんですけど、近所に教えてくれる人もいないしギター教室もない。当時はビデオもないので自力で練習しました。それからLAUGHIN’ NOSEにハマったので、中学校の頃はNAOKIさん(Gt)と布袋さんばかりコピーしていましたね。

― 自力で練習というのはタブ譜を見て?

KOHKI そうですね。ただ僕は楽譜が読めないから、タブ譜を見てもリズムがわからないんです。指を押さえるポジションは書いてあるけど、見ただけじゃリズムはわからないから音源を聴いて弾いていました。

TOSHI-LOW 異様に耳コピが早いよね。わからない時、KOHKIに聞いたらすぐに“これっすね”って教えてくれる。

KOHKI 耳コピはめちゃ得意なんですよ。その当時、YouTubeがなくて良かったなって思います。で、タブ譜って高いんですよ。当時2千円くらいしたので。中学生にしたら2千円ってなかなかの高額で。

TOSHI-LOW しかも、ポジションが間違っていたりするじゃん?

KOHKI BOØWYもけっこう間違っていた。

TOSHI-LOW ラモーンズですら(笑)。

― (笑)。TOSHI-LOWさんがギターを始めたきっかけは?

TOSHI-LOW バンドがやりたくて。KOHKIと一緒で、教えてくれる人が周りにまったくいなかった。しょうがないから音楽雑誌の『BANDやろうぜ』とか見てたね。何かやらないとバンドできないでしょ。とりあえずギターを買うじゃん。初めからベースを買う奴とか昔は少ないじゃん。ギターを買っときゃ何とかなるみたいな。それで、通販か楽器屋で安い初心者セットを買うわけじゃん。俺も2万5千円くらいのセットをお年玉で買うわけ。小学6年生でTHE BLUE HEARTSを聴いてるから、たぶん中1の頃だと思う。周りに教えてもらえる人がいないからチューニングからしてわからない。で、そうこうしているうちに全部の弦が切れたんだけど、張り方がわからないからいきなりギターが家の飾りになった(笑)。でもバンドはやりたいから、ギターを頭の上にかざしてシド・ヴィシャスの真似をして。2年間、素振りをしていたね(笑)。あと、ザ・クラッシュ『ロンドン・コーリング』のポール・シムノンのベースの角度をずっと弦のないギターで練習してた。

― あはははは!

TOSHI-LOW 完全にギターはそこで終わったのよ。のちにライヴハウスとかに行って、そこに置いてあるギターにちょこちょこは触るけど、その時にはKOHKIみたいにもう弾ける人がいるから、“こういうことを弾いてほしい”って言うようになったの。バンドのヴォーカル的なギターとの付き合い方になってくるわけ。

― TOSHI-LOWさんは震災後に本格的にギターの弾き語りを始めましたが、KOHKIさんに教わったりしたんですか?

TOSHI-LOW うん。コピーも“これどう弾いてるの?”ってKOHKIから教わって。

KOHKI そんなに教えた記憶はないですけどね。OAUの曲作りとかを通して、自然にTOSHI-LOW君も覚えていった感じですね。手取り足取り“これはこうだから”と教えた覚えはないですから。

TOSHI-LOW そもそも理論を言われてもわからないからね。

KOHKI 僕も習ったことがないから、どうやって教えたらいいかわからないですよ。だから感覚です。

TOSHI-LOW “この辺はこうっすね!”みたいなことが多いね(笑)。

― (笑)。それで通じ合えるのもギターの面白さですよね。

TOSHI-LOW でも、それでいいんだよね。内田勘太郎とやっても、結局は“そのいいところで!”みたいな話になるんだよ。みんな長嶋監督みたいになっちゃうからね(笑)。来たら打つ、みたいな。俺、誰が上手とかは正直よくわからないけど、グッとくるギタリストはみんなそうなんだよね。説明できないからこそすごいんだと思う。

KOHKI 勘なんですよね。でも、勘だからたまに外れる(笑)。ジャズだと考えながら弾いているから外れが少ないけれど、僕らみたいなのはもう勘ですから、当たったらデカいけどハズレもデカい(笑)。

TOSHI-LOW KOHKIと内田勘太郎監督のセッションはすごいよ! ギタリストじゃなくて良かったもん。

KOHKI 勘太郎さんとやらせてもらうだけで光栄です。憧れの人だから。まさか、知り合って一緒に弾くなんて思ってもみなかったので、ギターを弾き続けてきて良かったと思います。

この発明品みたいなアコスタがデフォルトになったら面白いと思う

― ところで、フェンダーに対してどんなイメージを持っていましたか?

KOHKI ギターを始めた頃は手が届かない存在でしたね。周りの誰かがフェンダーを買ったら家まで見に行っていました。そのくらい高尚なイメージです。

― 最初にフェンダーを手にした、または買ったのはいつですか?

KOHKI 高校に入った時に、ジョン・フルシアンテとスティーヴィー・レイ・ヴォーンを好きになって。両者ともストラトプレイヤーで62年製なんですよ。なので、ずっと62年製のストラトに憧れています。で、27歳くらいの時に62年製のストラトを買ったんです。弾いたらめちゃめちゃ良くて。でも、自分のスキルにそぐわない気がして、もうちょっとおっさんになったら使おうと思っています。でも、もう普通におっさんになっちゃいました(笑)。まだ時期尚早だと思っているんです。たぶん、一生そう思っているんでしょうね。“大人になったら弾こう”って、50歳60歳になってもずっと言っていると思います(笑)。

― TOSHI-LOWさんはどんなイメージでしたか?

TOSHI-LOW さっきも話した、一回も弦を張り替えていない安いギターで終わったわけじゃん。だけど、高校生になると“バンドやれるじゃん”みたいな雰囲気になってくるわけ。中学校の時にはいなかったメンバーが増えてくるし。で、最初に“バンドやろう”と言ってきた奴に“ギター弾ける?”って聞かれたんだけど、素振りしかしていないとは言えないから“もうけっこう弾けるよ”と答えたら、ザ・クラッシュの「クラッシュ・シティ・ロッカーズ」をやるから弾いてと。ヤベッ!と思って楽器屋に行ったの。テレキャスは知っているから“テレキャスをください”って。

― ジョー・ストラマーですね。

TOSHI-LOW うん。それでフェンダーの7万円のテレキャスですよ。ギターのことは全然わからないのに、店員に“このままじゃダメだからピックアップを換えて”と言われて、それだけしかお金がなかったのにどんどん換えられちゃって…結局10数万円。改造されまくって全然フェンダーじゃねえし、最初から改造ギターを弾くみたいな(笑)。結果、フェンダーで良かったなと思うのは“丈夫さ”。だってさ、ネック折れないじゃん。うちの地元なんか揉め事も多かったんで、楽器が武器にならないと話にならない(笑)。やっぱり某社のネックはすぐに折れるじゃん(笑)。

― (笑)。さて、今日はお二人にAmerican Acoustasonic(アコスタ)シリーズを手にしてもらいましたが、インプレッションを教えてください。

TOSHI-LOW 弾きやすいよね。俺はAmerican Acoustasonic Jazzmasterなんだけど、Jazzmasterを持ったことがないのでそれも嬉しい。家でアンプにつながなくても音が出るのはいいと思うんだけど、俺は家だとアコギしか弾かないから、曲がやっぱりアコギ的というかフォーキーになるんだよね。

― 鳴りに影響されますよね。

TOSHI-LOW うん。でもアコスタだとちょっと違う気がする。これにエレキ弦を張れば、家で弾いていてもフォーキーではない発想が出るんじゃないかなと期待できるね。

KOHKI 確かに弦の種類によってだいぶ変わると思う。エレキ弦を張ったら、エレキ的なアプローチもできるし。

TOSHI-LOW でも、自分で弦を張るとまた6本全部切れちゃうからさ(笑)。

― そこは変わってないんですね(笑)。KOHKIさんはいかがですか?

KOHKI めちゃ弾きやすいです。今はアコギ弦を張っているんですけど、あまりに弾きやすいから、これに依存しちゃうと普通のアコギが弾けなくなっちゃうかもって思うくらい。あと、今の子たちって音楽に対して固定観念が少ないんですよ。例えば“ロックバンドでアコギを弾いちゃいけない”とは思わないし、フラットで新しい感覚でこの発明品みたいなアコスタがデフォルトになったら面白いと思う。それによって、また新しいスタイルのギタープレイが生まれるかもしれないし、新しい、突拍子もないことをやる奴が出てくるかもしれない。僕はもうおっさんなので無理ですけど(笑)、だから若い子に弾いてもらいたいし、反則みたいなことをやってほしいですね。

TOSHI-LOW 使い方なんて何でもいいんだよ。

KOHKI そうそう。だから、おっさんが言う“ダメだ!今の若いもんは!”っていうことをやってほしい。そのほうが面白いんですよ。昔からロックは言われてきたでしょ。“イマドキの若いもんは”って褒め言葉だと僕は思うんです。 TOSHI-LOW 前の世代でわかっているものなんて、文化的に何も面白くないじゃん。お母さんに褒められる音楽をやったってしょうがないでしょ。アコスタのようなギターが俺らの若い時になかったからこそ、発想を豊かに、“こう使ったらダメ”じゃなくて、めちゃくちゃやってもいいじゃん?って思うよね。

› 後編に続く


AMERICAN ACOUSTASONIC® SERIES 常に進化を続けるフェンダーの精神を体現したAmerican Acoustasonicシリーズで、あなたのトーンを解き放ちましょう。幅広いアコースティックとエレクトリックのトーン、そしてそれらを融合した、全く新しいユニークなサウンドは、スタジオワーク/ライブパフォーマンスの両方において、今までにない表現を可能にします。 


TOSHI-LOW、KOHKI(BRAHMAN/OAU)
95年、東京にてBRAHMAN結成。96年に初めての作品「grope our way」をリリース。97年にKOHKIが加入し翌年にリリースした1stアルバム『A MAN OF THE WORLD』は大ヒットを記録し、パンクムーブメントを牽引。2005年には、アコースティックバンドOAU(OVERGROUND ACOUSITC UNDERGROUND)を結成し、BRAHMANと並行して活動を続けている。
2021年11月から2022年1月まで、BRAHMANとしては初のホールツアー「Tour -slow DANCE HALL-」が行われる。https://tc-tc.com

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