KT Chang(Elephant Gym) | Fender Experience 2025

ジャンルや世代を超えた注目アーティストによるライヴ、名器たちとの出会い、音楽と触れ合うワークショップ。音楽、クリエイティビティ、そして人とのつながりが交錯する体験型イベント〈FENDER EXPERIENCE 2025〉が、10月11日(土)〜13日(月・祝)の3日間にわたり原宿・表参道エリアの3会場にて開催された。ここでは、Fender Flagship Tokyoにて行われたKT Changによるトークセッションの模様をお届けする。


“ベースの魅力を届けたい”という使命──KT Changが示すベースの新たな輪郭

台湾発のインストゥルメンタルバンド Elephant Gym のベーシスト・KT Chang。拍手に迎えられた彼女は英語で挨拶をしたあと、日本語でも観客に語りかけた。

「台湾のアーティストとして〈Fender Experience 2025〉に参加できて本当に嬉しいです。ありがとうございます。原宿大好き。いつも古着をたくさん買っています。このお店に来たのは初めてです。大きい! そして新しい! たくさん楽器がありますね。びっくりしました」

Fender Flagship Tokyoの印象が語られたあと、演奏が始まった。披露されたのは「Midway」。椅子に座って歌いながら奏でたベースラインが同期サウンドと融合。メロディアスなフレーズを主体としつつ、タッピングによる躍動感を随所で加えるプレイは、優美であると同時にグルーヴィだった。1人でのステージはあまり経験がないらしく、演奏後にほっとした表情を浮かべていたKT Chang。そして、インタビューがスタートした。最初の質問はベースとの出会いについて。

「Elephant Gymのメンバー、私の兄のTell Changと楽器を習い始めたのが5歳の時。私はピアノとフルートを始めました。でも2人とも練習するのが好きじゃなくて、母が“月謝がもったいないから、もうやめなさい”と(笑)。その後、私が15歳の時に、台湾のフォークミュージック、ロックを聴いた兄が、“ギターを習おうかな。お前も一緒にやる?”と言ったんです。それで私も習い始めたけど、全然上手くならなくて。“コードも弾けないし、向いてないんじゃない?”と兄に言われて、ベースを勧められました。“ベースを始めたら、俺と一緒にバンドができるね”と。ギターよりもベースのほうが上達が早かったです」

英語で答えていたが、「ギター全然できない。下手です」と日本語でも強調していたのが思い出される。できるかぎり日本語を使い、集まったファンとコミュニケーションを取ろうとしているのが伝わってきた。彼女が最初に手にしたフェンダーはメキシコ製のPrecision Bass。

「父が私を楽器屋さんに連れて行って“試奏して選びなさい”と。予算は日本円で6万円くらい。それで買ってもらったのがフェンダーメキシコのPrecision Bassでした。その頃はどういうベースがスタンダードなのか知らなくて、いろいろ試奏したんですけど、その中で“いいなあ!”と直感的に思ったのがフェンダーだったんです。いまだに何で惹かれるのかは上手く説明できないけど、感覚的に惹かれるのがフェンダーなんですよね」

そんな彼女が2本目に手に入れたのは、USA製のJazz Bass。台湾のスタジオでElephant Gymの作品のレコーディングをしている時に弾いたJazz Bassが素晴らしく、すぐにインターネットで中古を購入。それ以来、ずっとステージでも愛用しているそのベースの購入資金に関して“自分のお金!”と日本語で強調したので観客は大爆笑。日本製のJazz Bassも愛用していて、青色のボディが美しくて気に入っていると語ったあと、特徴的なプレイスタイルについても説明してくれた。

「台湾にすごくいいベースの先生がいて、習っていました。台湾のバンド、宇宙人のファンキューさんです。ファンキューさんの影響で私はタッピングをするようになったんです」

そして、chilldspotの比喩根(Vo,Gt)とのコラボ曲としてリリースされた「Shadow」を披露。日本語で歌いながら奏でるベースの変拍子が幻想的なムードを醸し出していた。このイベントで彼女がプレイしていたのはUSA製のJazz Bass。

「弾きやすいです。何で好きなのかは説明が難しい(笑)。私はタッピングをするので弦高が低いほうがいいんですけど、これは調整がしやすいです」

お気に入りの理由の説明に続いて、Elephant Gym結成の経緯が語られた。「私とTell Changは兄妹です。ドラマーのChia-Chin Tuは兄の学校の後輩。高校のインディミュージックのクラブで出会いました。3人は台湾の高雄出身で、台北の大学に進学してから兄が私とドラマーをバンドに誘いました。3人が好きなバンドはtoeです。東京事変も好きです。亀田誠治さんは私の神様です。私たちのアルバムの曲で共作をしたことがあります。『Name』という曲で亀田さんと一緒にベースを弾きました」

バンドの軌跡を語ったあと、彼女が観客に伝えたのは抱いている使命感とでも言うべき部分。

「私はベースの音の魅力を伝えたいんです。小さい頃、私はポップソングを聴いていましたけど、ベースは意識しなくて、どういう楽器かもわかっていなかったです。私の友だちの多くも、今でもベースのことをよくわかっていないです。私の仕事はベースのサウンドの存在を際立たせて、その魅力を多くの人に伝えることだと思っています。ベースに興味を持ってもらえて、ベースを弾いてみたいと思ってほしいんです。ベーシストの数を増やしたいです」と語っていたのが印象的だった。

「ベースを弾きながら歌うのは、とても難しいです。次にお届けする曲も難しくて、意識しなくても弾けるようになるくらいまで練習しました。それくらいにならないと、皆さんにお届けできないんです」という言葉が添えられた「Witches」。奏でられたベースの音色は、低音域と高音域を強調した、いわゆる“ドンシャリ”。上モノ楽器に近い立ち位置での変拍子がスリリングだった。こんなプレイをしながら歌うのは、当然ながら難易度が極めて高い。途中で歌詞を忘れて一旦中断しつつも、再チャレンジをして歌とベースの両立を成功させた彼女を観客の拍手が讃えた。

ベースを練習している人へのアドバイスを問われた彼女は、「練習はちゃんとしたほうがいいです。私はNetflixを観ながら弾いています(笑)。スラップはあまり好きじゃないけど、『HUNTER×HUNTER』を観ながら練習しています。ベースに集中しなくても弾けるための練習法です。演奏に集中するだけじゃなくて、表情とかもステージでは大事ですからね。もちろん最初は真面目に練習したほうがいいんです。でも、シリアスに考え過ぎずに取り組んでください」と回答していた。

観客からの質問にも彼女は回答。「作曲は3人でどのように行っているんでしょうか?」という質問に対しては、「作曲の方法は2種類あって、まずはジャムセッション。誰かが弾き始めたフレーズに他のメンバーのプレイが加わって深まっていく作り方ですね。もう一つのやり方は、インターネットでのやり取りです。コロナ禍の期間中に私たちは、そういう曲作りをしていました。ジャムで作る良さもありますけど、家でじっくり作ると、アレンジをじっくり突き詰めることができます。メンバーが曲のリファレンスを提示して、それに基づいて意見を交わし合うこともよくあります」と語った。

変拍子の練習法や好きなベースのフレーズについて質問した観客には、「変拍子の練習法は…上手くそのリズムに乗って弾いてみるしかないのかな? ベースを始めたての頃、私はアークティック・モンキーズとザ・ストロークスが好きで、ずっと弾いていました。彼らのベースラインは、練習にいいんじゃないかなと思います」と回答。

「ベーシストとしてドラマーに求めるのは何ですか? スキルですか? それとも他の何かですか?」という質問には、「とても難しい質問です」と考え込んだあと、「バンドの中に複雑なプレイをする人がいたら、他のパートは抑えたプレイをしたほうがいいんですよね。どういうドラムがいいんだろう? …スウィートガイ? 親切な男性がいいです」とユーモアを交えて答えていた。

イベントが終盤に差し掛かったところで、KTと兄のTellが、フェンダーアーティストパートナーシップを結んだことが発表された。台湾のアーティストとフェンダーのパートナーシップは、これが初めて。

「フェンダー大好き! 思ってもみなかったです!」と彼女は大喜び。そしてイベントのラストは「Underwater」が飾った。「私が一番好きなElephant Gymの曲です。歌う必要ないから」と言い、観客を笑わせてからスタート。起伏に富んだ演奏がじっくりと展開された。フィンガーピッキングによる穏やかな調べ、タッピングによる躍動感との間を何度も行き来しながら徐々にサウンドの熱量を上昇させるのがドラマチック。目を閉じて没頭しながら放つ多彩なベースラインが、耳を傾けている観客の胸を高鳴らせているのを感じた。演奏を終えて笑顔を浮かべた彼女を讃えた歓声。「いろんな情報があると思いますが、実際に楽器屋さんに行って予算の範囲で実際に触ってみて、“これだ!”と思えるベースを選んでください」というメッセージが観客に届けられた。ベースの魅力を伝えたいという彼女の願いが、まさしく具現化されていたイベントであった。

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