
Cover Artist | 山下達郎 -後編-
最初に何を買ったらいいか聞かれたら、「もちろんテレキャス」
2025年、シュガー・ベイブのメンバーとしてのデビューから50周年を迎えた山下達郎は、日本を代表するシンガーソングライターであり、世界中でブームとなっているシティ・ポップの立役者として海外からも熱視線が向けられている。そして同時に素晴らしいギタリストでもあり、特にそのカッティングは彼の曲にとって、なくてはならないものだ。 今回、その山下達郎に、“ギター”をテーマにインタビューできる貴重な機会が設けられた。後編では、彼のギターに対する思いや、テレキャスターの魅力などについて、またフェンダーの新製品「American Professional Classic Telecaster」の感想も伺った。
ノイズこそがギターの命
──元T-SQUAREのギタリストの安藤正容さんにお聞きしたんですが、安藤さんは「SPARKLE」のカッティングに感銘を受けて、「HANK & CLIFF」(1983年のTHE SQUAREの『うち水にRainbow』に収録)を作られたそうです。いま世界でブームになっているジャパニーズフュージョンに、実は達郎さんの遺伝子が入っていた、ということではないでしょうか?
山下達郎(以下:山下) それは知らなかった(笑)、ただあのころのフュージョンのギタリストというのはリードプレイばっかりで、バッキングに回ると何もしないんですよ。そういう時代でしたからね。カッティングというのは基本的にダンスミュージックのものなんです。フュージョンは基本的に、ダンスミュージックではないということなんですかね。
──世界でブームと言えば、「プラスティック・ラヴ」(1984年の竹内まりやの『VARIETY』に収録)もまさにそうなんですが、この曲でも茶色のテレキャスターを使われていますよね?
山下 そうです、はい。
──あの曲はギターソロも素晴らしくて。あれほど音数が少なくて、言いたいことを言い切っているソロというのは、世の中に数えるほどしかないと思っています。
山下 そうですか? 拙いですけどね(笑)。あれは、時間がなかったので自分で弾いたんですけど。あれこそがレジー・ヤングですね。南部の人はああいう感じですよね。コーネル・デュプリーも音数は少ないですし。
──「プラスティック・ラヴ」もライン録りなんですか?
山下 そうです。さっきも言ったように、レコーディングでアンプなんかほとんど使わないですから。ディストーションをかける時だけアンプを使いますけど。あ、でも、ヘタしたらディストーションを使う時でもラインだな。『FOR YOU』の「LOVE TALKIN’ (Honey It’s You) 」は、コンパクトエフェクターのオーバードライブだけ通して、ライン録りです。
──達郎さんとしては、ご自分はどういうギタリストだと思われますか?
山下 素人に毛が生えたぐらいじゃないですかね(笑)。でも、もともとパーカッションをやっていたので、タイムの取り方が打楽器的なんですよね。ピアノにしてもギターにしても、打楽器的な要素というのは大きくてね。ギターは19世紀の半ばぐらいにこの形になって、スペインのほうから来た楽器だから、リズム楽器としての伝統もあるんですよね。イタリアみたいに何百年も和声に情熱を注いでいる場所もあれば、同じくらいのエネルギーをリズムに費やしているところもありますからね。ブラジルとかカリブなんて典型でしょう。
──そういう打楽器としてのギターの側面を、達郎さんは大事にされているわけですね。
山下 そうです。特にダンスミュージックはコードを打楽器として使って、それをちょっとスネアの後ろに入れないとダメとか、そういうのがあるんですけど、パーカッションをやってきたおかげで、僕はそういうポリリズム的なところにうるさいんです(笑)。
──そういう達郎さんのカッティング重視のプレイスタイルのために、茶色のテレキャスは弦高をすごく下げられているんですね。
山下 今はそうでもないけど、昔はすごく下がってました。よくこれで弾けるなって人から言われたほどですね。上のほうだと弦がこすれてソロが弾けませんでした(笑)。
──達郎さんにとって、理想のギターの音とはどういう音でしょうか?
山下 5kHzと10kHzがちょっと上がっていて、300Hzがちょっと下がっている。
──はははは(笑)! 周波数で把握されているんですね。
山下 あとやっぱり、長く弾いていることもあるんですけど、テレキャスターをパーンと弾いた時の感じ、コンデンサーを通っている感じというのが好きなんですよね。それと何より、ギターはコンピューターで再現できないんですよ。ノイズこそがギターの命なんで。だから僕はギターをやっていて良かったなって思ってます。
──そういう意味ではギターは代替の効かない楽器ですよね。
山下 全くそうです。しかも、C、F、Gが弾ければ曲が出来てしまうから、素人が(音楽に)手を出せる最短距離の楽器です。だからこれだけロックンロールというものが長く続いてるんだと思う。アカデミックな音楽教育を受けていない人間の発想というのが音楽の中に入ってくることによって、それまでに無かったものが生まれる。
──テレキャスター本体のセッティングはどうされているんですか?
山下 ボリュームもトーンも使いません。常にフルのままです。だから使いやすいですよ、全部同じでいいんですから。曲によって、ピックアップをフロントかセンター位置に替えるだけですね。リアを使ったことは人生で一度もないです。ピックアップセレクターのノブは取ってます。カッティングのストロークが強いので、手が当たってセレクターが動いちゃうから(笑)。

Guitar:American Professional Classic Telecaster
エレキギターが、(音楽を)始めるには一番いい楽器
──今回、フェンダーから新たに発売になったAmerican Professional Classicシリーズのテレキャスターを試奏していただきましたが、いかがでしたか?
山下 少し弾いてみただけで“フェンダーのテレキャスター”の音がちゃんとしてますね。指板のRが緩くてフラットだから、僕の茶色のにすごく近いですね。なのでとても弾きやすいです。ギターというのは、ヴィンテージだから良いというわけではないですからね。これは新品だけど、ちゃんとしてますよね。変な言い方だけど(笑)。古いやつはどっかがボロいじゃないですか。問題は音だし、あとは全体のバランス。そういうところが、このギターはちょっと弾いてみただけでも、すごくいいなと思いました。特に指先のフィット感が素晴らしく良くて。正直ね、あまり期待していなかったんですよ。でもこれはいいね。私向きです(笑)。
──来年(2026年)、テレキャスターは75周年の記念イヤーになります。
山下 私より二つ上なだけなんだ(笑)。
──かなり歳が近いですね(笑)。達郎さんにとってテレキャスターの魅力というのはどういうところでしょうか?
山下 それはもう、シンプルさでしょう。どんな人でも弾けます。だから、アマチュアの人に「最初に何を買ったらいいでしょうか?」って聞かれることがあるんですけど、「もちろんテレキャス」って答えますね。プロの人だと自分のカスタムギターを使う方もいますけど、僕はまったくそういう気にならない。テレキャスでいいじゃん、って思います。僕はエフェクターには興味がないんですけど、使う時はギターの音を鈍らせたい時なんです。アンサンブルの中で、茶色のテレキャスだと音が勝ち過ぎちゃうんですよ。レコーディングでもそうです。特にデジタル録音になってから、ギターの倍音のアタックというのはすごいから、それを鈍らせるのが大変なんです。昔は立たせるのが大変でしたけど(笑)。エレキギターの表現力というのは人の声並みなんですよね。
──今年は達郎さんは、シュガー・ベイブでのデビューから50周年でしたが、来年はソロデビュー作の『CIRCUS TOWN』(1976年)から50周年となります。何か周年の企画などは期待できそうでしょうか?
山下 まだ具体的には何もですが、出来れば新作アルバムに取りかかりたいと思っています。レコード会社からはライブ盤を出したいという意向があったり、他にも要望があったりする。ライブソースは膨大で、それを聴くだけでも大変で、ようやく半分近く。行列ができちゃってる(笑)。海外でライブをやってほしいという声もいただいているんですけど、もう72歳ですからね。45歳ならやりますけどね(笑)。そんな時間があったら、日本のローカルをもっと回らねば。そのために今までやってきましたから。
──最後に、これからギターを始める方や、初心者の方に一言メッセージをいただけますか?
山下 ギターは、(音楽を)始めるには一番いい楽器だと思います。アコギはFを押さえるまで時間がかかるんで、エレキのほうがいいですね。弦がライトゲージで押さえやすいですから。だから、エレキギターから始めれば?っていつも言います。あと、楽器のクオリティというのはとても大事です。弘法筆を選ぶ。今日も弾かせてもらって良かったけど、フェンダーのようなブランド物?(笑)、をおすすめしますね。
──分かりました。来年の達郎さんの活躍をますます楽しみにしています。本日はありがとうございました。
山下 お粗末さまでした(笑)。
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山下達郎
1975年、シュガー・ベイブとしてシングル「DOWNTOWN」、アルバム『ソングス』でデビュー。翌年1976年にアルバム『CIRCUS TOWN』でソロデビュー。1980年発表の「RIDE ON TIME」が大ヒットとなり、ブレイクを果たす。アルバム『MELODIES』(1983年)に収められた「クリスマス・イブ」が、1989年にオリコンチャートで1位を記録。30年以上にわたってチャートイン。日本で唯一のクリスマススタンダードナンバーとなる。
1984年以降、竹内まりや全作品のアレンジ及びプロデュースを手懸け、また、CMタイアップ楽曲の制作や、他アーティストへの楽曲提供など、幅広い活動を続けている。
2012年には、今までの全キャリアを網羅した3枚組ベストアルバム『オーパス ALL TIME BEST 1975-2012』が発売される。2015年、シュガー・ベイブ『ソングス 40TH ANNIVERSARY ULTIMATE EDITION』を発表。オリジナルマスター、ニューリミックス、ボーナストラックと、文字通りの究極盤となった。
2016年3月、「クリスマス・イブ」が、「日本のシングルチャートに連続でチャートインした最多年数の曲」としてギネス世界記録に認定される。2022年6月22日、11年ぶりのオリジナルアルバム『ソフトリー』発表。2023年、RCA/AIRイヤーズのカタログ全8アイテムをアナログLPで再発。シュガー・ベイブのメンバーとしてのデビューから50周年を迎えた2025年は、「FUJI ROCK FESTIVAL ’25」への初出場が話題となった。
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