
Cover Artist | ACIDMAN -前編-
75th Anniversary American Professional II Custom Telecasterは、音の鳴りといい弾きやすさといい非の打ち所がない
2025年10月、7度目の日本武道館公演を成功させるなど、今なおチャレンジを続けているACIDMANがFenderNewsの「Cover Artist」に登場。インタビュー前編では、浦山一悟(Dr)も含めメンバー3人の音楽の原点を振り返りつつ、今年75周年を迎えるTelecasterとPrecision Bassのアニバーサリーモデルの試奏インプレッションを、大木伸夫(Vo,Gt)と佐藤雅俊(Ba)が語る。
ボディの艶感やメタリックな弦が6本並んでいる光景は、子供からすると衝撃的だった
──こういう質問は久しくされていないと思うのですが、初めに、皆さんの音楽との出会いを改めて教えていただけますか?
大木伸夫(以下:大木) 僕は小学校の低学年の時に学校で聴いたホルストの「木星」という曲です。音楽の授業で聴いた時に、胸がザワザワして懐かしくてたまらないような不思議な気持ちになって、家に帰ってから母親に話して、その「木星」が入っている『惑星』という組曲のCDを買ってもらいました。それが音楽の素晴らしさを知った最初の経験でした。
佐藤雅俊(以下:佐藤) カッコ良すぎるでしょ(笑)? 僕は普通にテレビで見たアイドルでした。最初に買ったCDだったらGO-BANG’SとかBOØWYとかでしたけど、音楽に興味を持ったのはテレビで見た光GENJIでしたね。
浦山一悟(以下:浦山) 僕も超普通ですけど、小学生の頃、テレビの歌番組や有線放送で聴いた歌謡曲でした。工藤静香さんとか爆風スランプさんとか。その後、テレビでドラマーがドラムを叩いている姿を見て、面白そうだと思ってドラムを始めました。
──佐藤さんが楽器を始めたきっかけは?
佐藤 中学の時、友達がBOØWYのコピーバンドをやっているのを見て、バンドっていいなと思って、高校に入学した時に入った軽音楽部で2人に会って、初めてバンドをやることになりました。
──最初はヴォーカルだったそうですね?
佐藤 そうです。ヒムロック(氷室京介)に憧れてヴォーカルをやっていたのですが、僕が歌うと、周りがくすくす笑ってるんですよ。それで音痴だってことを知って、ヴォーカルは断念しました。その時、別のバンドでベースを弾いていたのですが、ヴォーカルを辞めたおかげでベースだけになって、どんどんのめりこんでいきました。
大木 僕は兄貴の影響でした。兄貴の部屋からローリング・ストーンズのギターの音がよく聞こえてきていて、「どんな楽器なんだろう」とずっと気になっていました。それで中2の時に自分でもギターを始めました。最初にギターを手にした瞬間のことを、今でも明確に覚えています。ゲームやミニ四駆など、それまで色んなものが周りで流行っていたけれど、個人的にはどれもハマらなかった。けれど、初めて手に入れたギターケースを開けた瞬間、ビビビッと来たんです。「これだ!」と感じた。初心者向けの安いギターセットでしたが、ボディの艶感やメタリックな弦が6本並んでいる光景は子供からすると衝撃的で、ギターの魅力というものをその時すごく感じた。まだ何も弾けなかったし、弾いたこともなかったにもかかわらず、とんでもないものを手に入れたぞ、自分はこれで一生食べていくんだと決めました。
──それからどんな練習をしましたか?
大木 JUN SKY WALKER(S)とTHE BLUE HEARTSのスコアを買ってコピーしてました。
佐藤 僕もひたすらコピーしてました。やっぱり楽しいから、基礎練なんて全然しなかった。
──やはりBOØWYですか?
佐藤 最初はBOØWYでしたけど、僕らが入っていた軽音部は先輩達が洋楽のハードロックとかヘヴィメタルとかいっぱいやっていたので、洗礼を受けたじゃないですけど、ガンズ・アンド・ローゼズとか、スキッド・ロウとか、ミスター・ビッグとかもコピーしてました。
浦山 ほんとにそれしかやってなかった。
大木 僕は、速弾きギタリストを目指してました。1日5〜6時間、毎日練習していたけど、高校3年生の時に自分が求める音楽はこれじゃないと思ってやめました。
Precision Bassは見た目が唯一無二なのもいい
──さて、ここからは本日、大木さんと佐藤さんに試奏していただいた75th Anniversary American Professional II Custom TelecasterとAmerican Vintage II 1951 Precision Bassのインプレッションを聞かせていただけますか?
大木 75周年記念モデルということで、まずは見た目がとてもゴージャスだと思いました。サンバーストのTelecasterは持っているので、本当は真っ黒とかベージュとか違うデザインにしようと思ったんですけど、見た瞬間に“絶対これだ!”と思いました。今はまだ金色が目立っていますけど、5年、10年と使い込んだらくすんできて、さらにカッコ良くなると思います。
──なるほど。音はいかがでしたか?
大木 実は2週間ぐらい前にゲットして、それから弾き続けてます。まずはバランスがとてもいい。一つひとつの音の粒がバンドサウンドと混ざってもしっかりとクリアに聴こえるんです。確かに音がまだ若いですが、それも何年かしたら落ち着いてくると思います。そしたら、僕が今使っているTelecasterよりもいい音がするかもしれない。この間、このギターと元々使っていたTelecasterを弾き比べている時、アンプはそのままのセッティングでこのギターに代えたら、こっちのほうが鳴ってました。
──75周年記念だからと言って、伝統に固執せずにサウンドは現代的にアップデートされているという印象ですか?
大木 そうですね。音の鳴りといい弾きやすさといい、非の打ち所がない。別に取材だから言ってるわけではなくて、本当にさすがフェンダーさんだなと思いました。
──今度使うとしたら、どんなシチュエーションが合いそうですか?
大木 クリーンの音がすごく良くて、低音弦の音が深く鳴っているように感じられるので、スローな曲でも使ってみようと思っています。情景がばっと広がるような音が鳴るので、そういう曲でも使ってみたいですね。
──佐藤さんには見た目、音ともに51年のPrecision Bassの第1号を復刻したモデルを弾いていただきました。
佐藤 これが元々のPrecision Bassの音なんですね。鳴ってるだけで、その空気が出るというのかな。それが1個のキャラクターになっていて、そういう音楽に特化しているというか、モータウンとか昔のロックとか、そういう音楽にめちゃめちゃハマると思いました。
──ACIDMANで使うとしたら、どんなシチュエーションに合いそうですか?
佐藤 ピックアップが1個で、音作りというかバランスはそこしかないので、使うとしたら“この曲だけ”みたいな使い方になるのかな。ACIDMANの曲はけっこうバラエティに富んでいるから試してみないとわからないけど、合う曲、合わない曲っていうのはあると思います。
大木 でも、見た目がかっこいいよね。
佐藤 うん、カッコいいと思う。Telecaster Bassとも言われますよね。ヘッドの形とかピックアップが一つしかないところとか、見た目が唯一無二なのもいいと思います。

75th Anniversary American Vintage II 1951 Precision Bass | 75th Anniversary American Professional II Custom Telecaster
>> 後編に続く(近日公開)
ACIDMAN
1997年、埼玉県私立西武学園文理高校の軽音楽部で出会った大木伸夫(Vo,Gt)、佐藤雅俊(Ba)、浦山一悟(Dr)を中心に結成。1999年に現在のスリーピース編成となり、下北沢を拠点に活動を開始する。2002年、1stアルバム『創』でメジャーデビュー。第17回日本ゴールドディスク大賞「ニュー・アーティスト・オブ・ザ・イヤー」を獲得。“生命”と“宇宙”をテーマに据えた壮大な詩世界と、“静”と“動”を行き来するダイナミックなサウンドで、3ピースの可能性を拡張し続ける唯一無二のバンドである。日本武道館では通算7度のワンマン公演を成功させ、ライヴバンドとしての求心力はキャリアを重ねるほどに増している。さいたまスーパーアリーナにてロックフェス「SAI」を主催し、2022年は2日間で約4万人を動員。2023年、自身の楽曲「ALMA」が、国際天文学連合主催・アジア太平洋地域の天文学に関する国際会議「APRIM2023」にて世界初のテーマソングに決定。手塚治虫原作「火の鳥」とのコラボレーション、宇宙航空分野の専門家との対談、坂本龍一氏による楽曲参加など、各分野で注目され高い評価を得ている。2025年10月、13thアルバム『光学』をリリース。同年の武道館公演を収録したライブBlu-ray『This is ACIDMAN 2025 in 日本武道館』を2026年4月に発表した。現在は全国ツアー〈ACIDMAN LIVE TOUR “光学”〉を敢行中。6月27日のツアーファイナルは、約18年ぶりとなる幕張メッセでのワンマン公演を迎える。
https://acidman.jp/

