Cover Artist | NUMBER GIRL -後編-

やっぱりギターが2つあるのが大事。それがフェンダーだったら最高だね

NUMBER GIRL

(Photograph by Hirohisa Nakano)

解散から17年の時を経て、待望の再結成を果たすNUMBER GIRL。向井秀徳(Vo,Gt)、田渕ひさ子(Gt)、中尾憲太郎 45才(Ba)の3人にFenderNewsが独占インタビュー。インタビュー後編では愛用しているフェンダーのこと、そして今後の活動について聞いた。

今やTelecaster以外は 使えない体になってしまった
 

― 解散から17年の時を経ての再結成ですが、音楽シーンも当然変化していて。例えば今年のグラミー賞の主要4部門でバンドのノミネートはひとつだけ。正直、少し寂しいなぁと感じている今日この頃なのですが。

向井秀徳(以下:向井) 俺はそうは思わないよ。今の話は、音楽シーンがヒップホップとかに席巻されているって話かもしれないけども、例えば80年代のシカゴハウスで言うと、日本のドラムマシーンの“バシーン”とか“ブーン”っていうプリセットのドラムキックの音が鳴っているわけだけど、その一音一音に念が入ってるように思えてね。ぶっとい腕したギャングたちが、“これがストリートの音だ!”って。いろんな奴らがワラワラと集まってきて音を出している。それ、バンドなんですよ。形はギターじゃないかもしれんけど、それはそれでバンドだと俺は思ってる。すべての音楽は人が集まってやるものだから。それはバンドなんですよ。

― なるほど。楽器を持っているか持っていないかは見え方の問題だと。

向井 うん。気持ちがこもっていたらバンドなんですよ。皆で一緒にやろうぜってなるわけだから。私もMATSURI STUDIOの地下で、1人でほっといてくれみたいな気分の時もありますけど、やっぱりバンドがしたいんですよね。人と人、音が重なり合って何かが生まれる。それが楽しいですね。特にギター2本、ドラム&ベース、ワンヴォーカル。このスタイルが私の好みです。

― その好みに具体的な理由はあるんですか?

向井 やっぱりギターが2つあるのが大事だね。3ピースって渋くてカッコいいけど、2本のエレクトリックギターのコードだったりフレーズがガッと重なり合うとビリビリきますね。特にそれがフェンダーだったら最高だね。どうですか、言ってやったぜ!!

― 最高のワードをいただきましたが(笑)、最初にフェンダーに惹かれたキッカケは?

向井 中学校2年生の正月に、お年玉と兄貴からの援助があって、エレキギターを初めて購入できることになって。8歳上の兄貴と楽器屋に行って、最初はまさにTelecasterを目指してたんですよ。なぜテレキャスかと言うと、形がシンプルでいいなと思っていたんだけど、兄貴に別のエレキを買わされて。それが人生初めてのエレキギターになってしまった。でもその前までは、従兄弟のお兄ちゃんの家から持ってきたボロボロのフォークギターを弾いていたので、地獄のような指板ですよ。チョーキングとか全然できない。それからすると、このエレキギターを持った時の軽やかさたるや。むっちゃチョーキングできるやん!最高!みたいな。それからエレキが始まったんです。で、NUMBER GIRLを始める時に、ひさ子のお姉さんが持っていたTelecasterを借りました。

中尾憲太郎 45才(以下:中尾) マジ?

向井 そうよ。Telecasterってすげぇいい音すんな!って。

田渕ひさ子(以下:田渕) 黒白のStratocasterは?

向井 あれは同級生からの借り物。話を戻しますと、Telecasterの原体験で言うと、ひさ子のお姉さんのですね。借り物にも関わらずステージでぶん投げて、亡きものにしてしまって。何かそのTelecasterはNUMBER GIRLの音に合っとるなって。そこからですね、ずーっとTelecasterなのは。今やテレキャス以外は使えない体になってしまった。Stratocasterはアームを使う時にちょろっと使ったりはしたけど、それ以外はテレキャスですね。

― お姉さんから借りたテレキャスを亡きものにしたとおっしゃっていましたが…。

向井 ネックがボッキリ。

― 修理もせず?

向井 お返ししますと言って。ひどいね。でも、あの白いTelecasterはすごく良かったな。それ以来、何本亡きものにしたかは数えきれないですよ。全部Telecasterですけど。

― 今日持ってきていただいているテレキャスは?

向井 これは最新型のテレキャス、American Elite Telecaster Thinlineですね。むっちゃいいですね。このテレキャス、弦が裏通しじゃないんです。テレキャスは基本、弦は裏通しなんですけど、これは裏通しじゃないのでテンション感が違うんじゃないかなと思ったけどビンビンすね。すげぇっすよ、これ。もちろん、ピックアップはまさにTelecasterのサウンドです。すごく使い勝手がいいですね。

― これは壊さないでください(笑)。

向井 気を付けます。まったく同じものはひとつとして存在しないので。


フェンダーのカタログをもらって 毎日のように眺めていた
 

― 田渕さんと言えばJazzmasterですが、そもそもフェンダーとの出会いは?

田渕 最初に買ったフェンダーはJaguarでした。それからもうずっとあのボディの形なんです。JaguarとJazzmaster、ボディのフォルムは一緒で、さっき向井君が言ったみたいに、私も体があのフォルムに一体化して他のギターが弾けないんですよ。他のギターを弾くと、ネックが下のほうにいって“あれ?”と思ったり手が筋肉痛になったり。フェンダーの中でも、JaguarとかJazzmasterってストラトやテレキャスといった王道からはちょっと外れてると思うんです。よくフェンダーのカタログを楽器屋さんからもらってきて、毎日のように眺めていたんですけど、その中でもちょっと変わった形だなって。それに惹かれてJaguarを買いました。やっぱりあのボディの形がすごく好きで、次のギターもJazzmasterになったんです。

― JaguarからJazzmasterに持ち替えたのは特別な理由があったんですか?

田渕 楽器屋さんが“いいギターが入ったぞ”って。Jaguarを弾いているんだったら抵抗なく弾けるんじゃないかってすすめられて、それ以来ずっとJazzmasterです。

― Jaguarを弾くことは?

田渕 自宅ではあります。あとはJaguarのほうが1フレット多いので、レコーディングで弾くこともあります。

― 中尾さんは正直、フェンダーのイメージはあまりないのですが。

中尾 古いところで言えば、福岡時代にJazz Bassをライヴで使ったり…

向井 6弦ベースか?

中尾 あ! Fender Bass VIを持っていたのを忘れてた(笑)。

向井 当時、何を弾いてんのかな?って思ってた(笑)。

中尾 メンテナンスに出したベースの代わりに、Fender Bass VIをスタジオに持っていったよね。

― それは音源として残っているんですか?

中尾 いや、それはリハーサルだけ。音源で言えばアルバム「NUM-HEAVYMETALLIC」(2002年)のレコーディングはPrecision Bassで録っています。実は一番好きな音はプレベの音。昔からそうなんですよ。

― プレベの音が好きな理由は?

中尾 当時聴いていた90年代のバンドがわりとプレベを使っていて。ブリッとした音が好きだったんですよね。

向井 プレベとジャズベースって、似て非なるものでまったく違うよね。

中尾 まったく違うね。

向井 俺はどっちも好きなんよ。全然違うんやけど。Jazz BassはJazz Bassでいいなと思って。

中尾 みんながジャズベを選ぶ理由はすげぇわかる。だけど、自分のプレイスタイルにはあまり合わない。ジャズベはアタックが立ち過ぎるんだけど、プレベはバチッと弾いても上手くアタックを抑えてくれるので、自分のプレイスタイルに合うんですよ

― 今日持ってきてくださったプレベは?

中尾 これは、福岡のバンドをリタイヤした友人から譲り受けた90年製の国産のPrecision Bassです。ART-SCHOOLでシカゴにレコーディングに行った時に持っていったり、来日アーティストに貸したりしています。この間もジョー・ラリーの来日公演で貸しました。

向井 すげぇ!!

― 話は変わりますが、2002年5月19日に日比谷野外大音楽堂にて行われたライヴの音源を収録した「感電の記憶」が7月24日にリリースされますね。

向井 その時のほとばしりが全部記録されていますよ。だから時空歪みますよ。

― 資料を見ると“あの伝説の野音”と書いてありますが。

向井 毎回伝説なんですよ。野音って言ったらだいたい“伝説”がつくんじゃない(笑)?

― なるほど、野音の枕詞みたいな。

向井 野音は何回もやっとるから、いつの野音が伝説やったかなって。まぁ、全部伝説です。

― “いつもの伝説”っていう。

向井 そうそう(笑)。

― ライヴと言えば“福岡市博多区からやって来ましたNUMBER GIRLです”という決まった口上がありますが、あれも変わらずですか?

向井 そこが問題で。ZAZEN BOYSの時は“MATSURI STUDIOからやって参りましたZAZEN BOYSです”って言うわけですが、こんがらがるなと思って。“福岡市博多区からやって参りましたZAZEN BOYSです”って絶対に言うと思う。

― それはズルってなると思います(笑)。これだけ再結成で盛り上がっている中、ZAZEN BOYSって名乗ったら。

向井 NUMBER GIRLの再結成が決まって以降のZAZEN BOYSのライヴで、“MATSURI STUDIOからやって参りました”って言うべきところを“福岡市博多区から…”と言ってしまったんだな。で、“福岡市博多区から…渋谷区に来て20年。MATSURI STUDIOからやって参りましたZAZEN BOYSです”と言って始めたの。あれはヤバかったね。絶対にそこは気を付けようと思って。

― アレンジが変わることは?

向井 どのアレンジが正しいのかよくわからないです、我々は。いろいろなパターンがあるから。ただ、お客さんに歌ってもらって私は歌わない、“オイオイコール”だけがずっと鳴り響くということはしないです。ちゃんとやります。現時点でどういう音が鳴るかっつうか、やってみましょうよ!っちゅーこっちゃ。

中尾 楽しみですよ、全体的に。

田渕 単純に演奏することが楽しみですね。

― 一曲目は決まってるんですか?

向井 まだ決まっていない。いずれにしても夏あたりで何本かやりますけど、それ以降はもっと細かく地方を回って、お客さんがNUMBER GIRLを生で観れる機会を増やそうとしているので。野音のチケットが取れなくて絶望的な気分になっている人もいるみたいだけど、“またやってるの?”くらいライヴをやりますんでよろしく。

› 前編はこちら


NUMBER GIRL

■ 中尾憲太郎 45才:1990 Precision Bass(左)

■ 向井秀徳:American Elite Telecaster Thinline(中)

■ 田渕ひさ子:Made in Japan Hybrid 60s Jazzmaster(右)

PROFILE


NUMBER GIRL
95年、福岡にて結成されたロックバンド。メンバーは、向井秀徳(Gt, Vo)、田渕ひさ子(Gt)、中尾憲太郎 45才(Ba)、アヒト・イナザワ(Dr)。地元福岡でのイベント開催や、カセットテープの自主制作などの活動を経て、97年11月に1stアルバム「SCHOOL GIRL BYE BYE」をリリース。99年5月、東芝EMIよりシングル「透明少女」をリリースしメジャーデビュー。以後、3枚のオリジナルアルバムと2枚のライヴアルバム(うち1枚は解散後の2003年にリリース)を発表し、2002年11月30日に行った札幌PENNY LANE 24でのライヴをもって解散。2019年2月15日、再結成しライヴ活動を行うことをオフィシャルサイトにて発表。
› Website:https://numbergirl.com

RELEASE INFORMATION
LIVE ALBUM
感電の記憶
¥3,780(tax in)
ユニバーサル
2019/07/24 Release

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