Cover Artist | NUMBER GIRL -前編-

American Vintage II 1951 Telecaster®は指先から自分の存在を感じることができる

今回Cover Artistに登場するのは、2022年12月11日にぴあアリーナMMにて行われるライヴ〈NUMBER GIRL 無常の日〉をもって、再び解散することを発表したNUMBER GIRL。向井秀徳(Gt,Vo)、田渕ひさ子(Gt)、中尾憲太郎 48才(Ba)の3人にインタビューを敢行。前編では新たに発売されたAmerican Vintage IIシリーズについて、そして“ヴィンテージ観”についてを中心に話を聞いた。

安心感が生まれてくるのがヴィンテージの良いところ

──今回、3人に弾いていただきたいAmerican Vintage IIシリーズは、それぞれの機種において特定の年代のモデルをリイシューしています。Telecaster®︎で言うと今回は51年のモデルをリイシューしていて…。

向井秀徳(以下:向井) 51年と言ったら昭和26年ですよ。昭和26年にできたギターがですよ、基本的な構造は今でもまったく変わっていないわけですよね。これは驚くべきことだと。昭和26年の車に乗っている人いないでしょ? TelecasterのみならずStratocaster®️も含めて、そのままずっと使われ続けているのはやっぱりすごいことだなと思います。マッチングヘッド、ブロックインレイのこのJazzmaster®︎は何年ですか?

──66年のリイシューです。

向井 昭和41年だよ。ウルトラQの時代だよ。Precision Bass®︎という名前のTelecasterタイプのベースは何年ですか?

──54年のリイシューです。

向井 昭和29年か。“もはや戦後ではない”の世界ですね。

──お三方のヴィンテージギター、ベースに対する印象を教えてください。ヴィンテージ楽器にもメリットやデメリットがあると思うのですが、どんなことを感じていますか?

向井 本当の意味でのヴィンテージは、プレミアムがついてなかなか手に取る機会が少ないんですけども。私は楽器を道具として使っていますので、手に入りづらいとか貴重なものであると、道具としてバキバキに使い倒すことが憚(はばか)られるわけですよ。だから慎重になってしまうというのがありまして、ヴィンテージギターは使うことはないです。ただ、楽器屋さんに行って、長年誰かが使ってまたさらに別の誰かが使い続けたものを見るとですね、やっぱり歴史の風を感じることができるし、もしくはいろいろな想像ができますね。“ああ、この傷跡はどういう使い方でついたんだろう?”とかね。ある種の工芸品みたいな見方をしていますけど、それが楽しいね。ただし、自分でそれを入手して使おうとは思わないですね。入手して部屋に飾って、毎日そういうことを想像していてもしょうがないと思って。それよりも自分で使って、自分の歴史を刻んでいくことのほうが重要でありますから。と言うことで、ヴィンテージの楽器は使わないです。

──中尾さんのヴィンテージのイメージは?

中尾憲太郎 48才(以下:中尾) もともとは高価だし手が出ないこともあって、あまり興味がなかったんですけど、最近は触る機会やいろいろな人と話す機会があって。じゃあ“なぜヴィンテージがいいか?”と言うと、やっぱり生き残ってきた楽器だから。その状態からこれ以上悪くならない保証が付いている感じがして、時間の流れを経て“もう出来上がっている安心感”みたいなものがあるなと。もちろん金属パーツは劣化していくけど、木材の部分で言えば安心感が生まれてくるのがヴィンテージの良いところかなと思います。

──デメリットは?

中尾 ビビることじゃないですか(笑)。

向井 弦がビビるとかじゃないよな?

中尾 自分がビビる。だって金属パーツは交換しなきゃいけない時が来るので、そんなのビビってできない。ボルトも音が変わるから外せないって言うじゃないですか。

──実はスタッフもビビりますよね。

中尾 そうそう。50年代のストラトとか触りたくねーみたいな(笑)。

──では田渕さん。

田渕ひさ子(以下:田渕) 自分はストラトとかテレキャスとか“ド真ん中”のヴィンテージではない、Jazzmasterというちょっと横道に逸れたモデルで。買った当時はもちろん今よりも全然安いですけど、それでもストラトやテレキャスは手の届かない値段でした。良いモデルは100万円とかするので、早くに買っておいて良かったなって。

中尾 今、70年代はヴィンテージって言うんですか?

──American Vintage IIシリーズでは73年モデルが入ってきました。

田渕 自分の中では65年まで。購入する時もそう言われたんですけどね。

中尾 もう2022年ですから。

向井 80年代の日本製のフェンダーは“ジャパンヴィンテージ”って言われてたもんね。ジャパンのオールローズウッドのTelecasterを、私の福岡のバンドの知り合いが貸してくれて使わせてもらったのよ。自分の中でサウンドも弾き心地もしっくりきてですね、その先輩に返すことなくずっと使い続けておったわけですわ。そしたらですね、吉村秀樹(bloodthirsty butchers)という人がうちに来た時に“向井、俺がフレット打ち直してやるよ! もっと良くなるぞ!”と言って持っていったのね。持っていってそのまま行方不明。もう一回弾きたいなってずっと思っていたんですけどね。もうないわけだよ。
まぁ諸行は無常であると何回も歌ってるわけだから、そういう意味では諸行は無常であるっちゅうことで、50年代のヴィンテージギターがこうやって生き残って、無常な世の中で大事にされているのもすげぇことだと思うし、こうやって現代に蘇らせているのもすげぇことだなと思う。で、さっきも言ったように俺らはヴィンテージはビビるわけよ。こうやって現行品としてリリースしてもらったら手に取りやすいわね。これ、お値段いくらでしたっけ?

──American Vintage II 1951 Telecasterで税込324,500円です。

向井 昭和26年のTelecasterを求めようと思ったらさ、もう桁が違うわけよ。しかし30万円と言ったって、中学生とか高校生がお年玉で買えるような金額ではないと思いますけども、我々にとっては非常に手に届きやすい価格だなと。とっつきやすい価格だと思っております。それでも高ぇわ。まあ木材を集めたりして作ると、値段的にはそれでも安いということを言いたいんでしょうね。

中尾 でも、今の中学生がこれを40年持っていたら、ヴィンテージって言われてもまた桁が違ってくる可能性が。

──しかし皆さん値段ばかり?

中尾 僕は気にしてないですよ!

田渕 ユーザーも一番気になるところですよね。

──確かに。いいなと思っても買えなきゃしょうがないですからね。

向井 Jazzmaster、あなたが使っているやつが何年って言った?

田渕 65年。

向井 昭和40年か。20年以上も使い続けているわけだから、もう完全に歴史が刻まれているよね。

田渕 傷もすごい。ビビらずに使いすぎました。

向井 それはそれで完全に道具として使っている。まあ大事に使っているんでしょう。だからこうやってずっと現役でそのギターも活き活きしていると思うんだけど、こうやって新品を見ると、Jazzmasterのあのボロボロを見慣れているからか新品感がありますね。特にピックアップはそうやね。何かピカピカだね。

パワーがどうこうじゃなくて、コードを弾いた瞬間に風景が見えるね

──さて、American Vintage IIシリーズを試奏した印象を教えてください。

向井 私はこの51年、昭和26年のTelecaster(American Vintage II 1951 Telecaster)と、72年、昭和47年のシンライン(American Vintage II 1972 Telecaster Thinline)を弾かせてもらいました。シンラインは所有したことはないんだけど、弾いたことはあります。

──American Vintage II 1972 Telecaster Thinlineはいかがでしたか?

向井 私のもともとの印象は、もちろんTelecasterと言えばシングルコイル。弾いた瞬間に張り付くようなサウンドがある種のイメージとして私は持っているんですけども、ハムバッカーと言われたらもっとフワッとレンジが広がるイメージですが、Telecaster Thinlineに限って言えばそんなにシングルコイルとの大きな違いを感じないです。その理由はわからないですけども、私は弾いていてそんなに違和感がない。シングルコイルからハムバッカーに変更したとしても、同じようなスタイルで演奏ができるという意味で、フェンダーのTelecaster Thinlineは自分が敬遠するようなものではないです。もちろん違いはありますけどね。
今はフェンダーのAmerican Elite Telecaster Thinlineを使用しているんですけども、これはすごく使いやすい。弾き語りの演奏で使っているんですけど、歌いながら弾くのに非常に気持ちいいギターですよ。今このAmerican Vintage II 1972 Telecaster Thinlineを弾かせてもらって思ったのが、“ワウペダルを持ってこい!”っていう感じです。なぜそう思うかと言ったら、ワウペダルをかましたくなる…見た目ですね。

──音じゃないんですね(笑)。

向井 (演奏しながら)しかもピックを使わずにですね、親指だけでカッティングする with ワウペダル。こういうフレーズを弾きたくなるギターだなと思いましてですね。スライ&ザ・ファミリー・ストーンのギタリスト、フレディ・ストーンがまさにこの感じで。このシンラインにヘンな装飾をつけて、ちょっと剥がれかかった訳のわからんサイケなペイントでね。で、ニッコニコの笑顔で親指でカッティングするわけよ。むちゃくちゃカッコいい。すごくシャープなギターだと思いますよね、このシンライン。実際にAmerican Vintage II 1972 Telecaster Thinlineを弾かせてもらって、まずね、ネックの表面がむちゃくちゃフラットだなと。これはわざとですか?

──実は、指板の丸み自体はTelecasterと一緒なんです。

向井 じゃあ単純に薄いってことですね。うん。サウンドがすごく鋭いなと思いました。気持ち良いですね。

──American Vintage II 1951 Telecasterはいかがでしょうか?

向井 いいっすよね。50年代のモデルのリイシューって、私はそんなに演奏する機会がなかったですね。今、ライヴで使っている赤いTelecasterは60年代のリイシューなので、50年代よりも後のリイシューのほうが多く使っていると思います。そういう意味で、ネックをグリップした時の印象は大きく違いましたね。これは、図太くてかなり握り応えがあるし存在感がある。指先から自分の存在を感じることができるね。それが決して“弾きにくい”ということではないですね。
あとは、ブルース・スプリングスティーンみたいだなって。“ボーン・イン・ザ・U.S.A.〜”っていうフレーズを弾きたくなる。少し鳴らさせてください(演奏)。これは“俺のシングルコイルの鈴なりを聴け!”って感じですよね。パワーがどうこうじゃなくて、コードを弾いた瞬間に風景が見えるね。気に入った! ブルース・スプリングスティーンのTelecasterからも、アメリカのネブラスカの風景が見えますよね。そういうことですよ、風景が見えるギターだなと。あとは“樹”という印象がありました。

──どんなシーンで使いたいですか?

向井 スタジアムじゃないですか?

中尾 あはは!

──中尾さん、American Vintage II 1954 Precision Bassはいかがでしたか?

中尾 やっぱり音が真っ直ぐに飛ぶし、ピッキングのニュアンスとか音量のコントロールもめっちゃくちゃできるなと。弾いていてすげえ気持ち良かったです。

──弾きにくさはないですか?

中尾 全然ないです。とにかく音のレスポンスがすごく良いです。ちょっとびっくりしました。あらゆるシーンで使ってみたいですね。多弦ベースとか、クロスオーバーなヘヴィメタルにはオススメしないですけど(笑)、ロックなら何でもいけると思います。

──田渕さん、American Vintage II 1966 Jazzmasterの印象は?

田渕 自分が持っているモデルが65年製だからか、持った感じに違和感がなくてスッと入ってくる感じがしました。握った感じも、ネックの太さも。

向井 ちょっとこれ弾かせてほしいな。

田渕 どうぞどうぞ。

向井 いや、あなたに。俺が弾いてもしょうがねぇじゃん。

田渕 私ですか…?(演奏)

向井 あー、いいっすね。

田渕 素晴らしいです。

中尾 トレモロっていいなぁ。

田渕 ね。Jazzmasterのトレモロは本当に最高ですね。部品も全部エレガントです。品がある。このDakota Redはすごくいい色ですね。生音もやっぱり鳴りますね。

──65年製のヴィンテージと、今回のAmerican Vintage II 1966 Jazzmasterを比較して感じることは?

田渕 何て言うんですかね。生音も鳴っているし、新品特有の上に寄ったり下に寄ったりとか音の偏りがなくて。エフェクターの乗りもいいし、すぐに使える感じがしました。Jazzmaster特有の真ん中(中音域)のツヤっとした感じもあって良かったです。

中尾:American Vintage II 1954 Precision Bass | 向井:American Vintage II 1951 Telecaster | 田渕:American Vintage II 1966 Jazzmaster

>> 後編に続く(近日公開)


NUMBER GIRL
95年、福岡にて結成されたロックバンド。メンバーは、向井秀徳(Gt,Vo)、田渕ひさ子(Gt)、中尾憲太郎 45才(Ba)、アヒト・イナザワ(Dr)。地元福岡でのイベント開催や、カセットテープの自主制作などの活動を経て、97年11月に1stアルバム「SCHOOL GIRL BYE BYE」をリリース。99年5月、東芝EMIよりシングル「透明少女」をリリースしメジャーデビュー。以後、3枚のオリジナルアルバムと2枚のライヴアルバム(うち1枚は解散後の2003年にリリース)を発表し、2002年11月30日に行った札幌PENNY LANE 24でのライヴをもって解散。2019年2月15日、再結成しライヴ活動を行うことをオフィシャルサイトにて発表。2022年12月11日(日)ぴあアリーナMMにて行われる〈NUMBER GIRL 無常の日〉をもって再び解散。
https://numbergirl.com

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