羊文学 LIVE 2024 “III”

ヴォーカル&ギターの塩塚モエカが“フェンダーアーティスト”パートナーシップを結んでいることをはじめ、フェンダーファンにはお馴染みの3人組オルタナロックバンド、羊文学。彼女たちが4月21日、横浜アリーナでワンマン公演としては自身最大規模となる〈羊文学 LIVE 2024 “III”〉を開催した。「この日を忘れない」と塩塚が語ったライヴには、バンドのスケールアップをアピールするだけにとどまらないテーマがあったという。

高音が立つソリッドなクランチサウンドで客席をぐっと盛り上げたAmerican Vintage ’65 Jaguar

フェンダーの次世代アーティストサポートプログラム「Fender Next」に選ばれてから3年。羊文学はこの日初めて臨む横浜アリーナを立見が出るほどいっぱいにして、バンドのスケールアップを印象づけた。照明に加え、ステージの背後に広がるLEDビジョンも巧みに使ったパースペクティヴな視覚効果やスモークを使った幻想的な演出も交えながら、バンドのパフォーマンスそのものは、あくまでも3人の演奏を総勢12,000人のアリーナに響かせることにこだわっていたようだ。バンドのキャリアにマイルストーンを刻み込むタイミングで、そこにこだわることに大きな意味があったことは後述するとおり。

ステージ後方からのライトに3人のシルエットを浮かび上がらせながら、挨拶代わりに演奏した轟音のインストがいきなり観客を圧倒したことは、そこからなだれこんだ「Addiction」と「踊らない」の2曲を演奏している間ずっと観客が身じろぎもせずステージの3人に釘付けになっていたことからも窺える。「踊らない」を演奏し終えたところで、塩塚モエカ(Vo, Gt)が言った「ありがとう」が金縛り状態を解く合図になったようだ。はっと我に返ったように観客が一斉に拍手喝采を贈る。

Photo by ASAMI NOBUOKA

Photo by ASAMI NOBUOKA

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そして、緊張がほどけた客席をぐっと盛り上げたのが、塩塚が愛機のフェンダーAmerican Vintage ’65 Jaguar(以下:’65 Jaguar)で歯切れのいいカッティングを奏でた「ロマンス」だ。ルースなグルーヴが心地いいロックンロールサウンドと、リズミカルな塩塚の歌に応えるように観客が手を振り始める。その「ロマンス」をはじめ、この日、Sonic Blueのボディが映える’65 Jaguarを奏でる塩塚のギタープレイを聴きながら耳に残ったのは、歪みでもリバーブでもなく、高音が立つソリッドなクランチサウンドだったというところがちょっと意外だった。

ドライブする音色でしなやかなフレーズを奏で、存在感を見せつける河西ゆりか(Ba, Cho)の「横浜アリーナ! 行けるか!?」という呼びかけに観客が大きな歓声を返すと、それに応えるようにバンドの演奏はさらに白熱。そこに胸が躍るメロディを持つ「1999」をつなげ、序盤から大きな盛り上がりが生まれたことにバンドが大きな手応えを感じ取ったことは、塩塚によるこの言葉からも明らかだった。

「会場が大きくなっても、みんなが温かいから一緒だね」

Photo by Daiki Miura

Photo by ASAMI NOBUOKA


この日、羊文学が2時間にわたって演奏したのは、新旧の代表曲を網羅した計18曲。

「honestly」では「踊らない」のハイトーンボイスとは対極にあるとも言える低音をたっぷり含んだ歌声とともにヴォーカリストとしての力量に加え、塩塚と河西によるハーモニーワークという羊文学が持つもう一つの魅力を見せつける。続く「mother」ではぐっとテンポを落とした演奏の中で、’65 Jaguarを存分に歪ませ、厚みのある音色で圧倒しながら、不穏に鳴るサステインも交えた塩塚のフレーズ作りのセンスも聴きどころとして楽しませる。そして、ソリッドな音色に揺れを混ぜたギターカッティングをファンキーに鳴らした「GO!!!」では、「今日はせっかくなので、私が3-2-1一斉にって言ったら、みんなでGO!!!って言ってください!」と河西が導き、観客を巻き込みながらライヴならではの一体感を作って、大きな盛り上がりを作ってみせる。

その後もMVをLEDビジョンに映し出しながら、駆け抜けるように演奏した「人間だった」、スローテンポの演奏とヘヴィな音像で再び観客を圧倒した「若者たち」、トラッドフォークを思わせるハーモニーとともに絶妙に入り混じる爽やかさとメランコリーを、8ビートのタイトなアンサンブルに落とし込んだ「マヨイガ」。オルタナロックサウンドをまといながら、実は振り幅のある曲の数々をつなげていく。聴く者の心を揺さぶるような魅力が感じられた「マヨイガ」では、塩塚はこの日唯一の使用となったマッチングヘッドが目を引くFender Custom Shop製の’66 Jaguar Deluxe Closet Classicをプレイ。出音に深みがあることに加え、’65 Jaguarに比べてソリッドな音色を鳴らしても若干角が取れたように聴こえるところも同ギターのキャラクターと言えそうだ。

「高校生の時にバンドを作りました。作りましたって言うか、誘われて入りました。それから同じバンドを12年やりました。成長したところと、成長できなかったところがあるけど、バンドは今も何も変わっていません。みんながいたから、この日を迎えられました」(塩塚)

「今年でメジャーデビュー4年目。バンドがどんどん大きくなってくると、いろいろなことがあって、本当に自分たちが柱のようになって、自分たちの意思を持っていないと簡単に潰されちゃう場所なんですけど、だから今回の〈羊文学 LIVE 2024 “III”〉というライヴのタイトルは、三人の一人一人が柱みたいになって、羊文学を支えたいという思いからつけました」(河西)

塩塚と河西がそれぞれに横浜アリーナ公演に臨む思いを改めて語ってからもバンドは「永遠のブルー」以下、前述したようにオルタナロックサウンドをまといながら振り幅のある曲の数々を披露。’65 Jaguarをプレイしながら、「恋なんて」ではクランチサウンドでアルペジオを奏でつつ、サステインをカットして音の粒立ちを際立たせたり、逆に「OOPARTS」ではリバーブを使って高音を伸びやかに鳴らしたりと、曲ごとに変化を付けた音色作りもギタープレイにおける聴きどころだ。その意味では、サビを繰り返して盛り上げた「光るとき」から、歪ませたコードをかき鳴らしながらなだれこんだ本編ラストのロックンロールナンバー「FOOL」の音がぶつかり合うように鳴るソリッドなギターサウンドも忘れられない。フクダのモトリックなドラミングも含め、インダストリアルなサウンドを意識したのだろうか、弦にピックがヒットする音まで聴かせるような極端な音作りは、河西が加えるサーフロックを連想させるコーラスとともに耳に残っている。

「最初、ステージに出てきたら、一番奥まで見えて、こんなに羊文学の曲を聴いてくれる人が、そして、ライヴを楽しみにしてくれてる人がいるんだって思ったら、そこで泣きそうになったけど、ぐっとこらえてここまでやってきました。こんなに広い会場なのに、みんな一人一人がすごく傍にいる感じがすごく温かくて、みんなに支えられた気がずっとしていました。ここまで応援してくれて本当にありがとうございます。音楽はこれからもやると思うんですけど、この日を忘れないと思いました」(塩塚)

「最初にバンドを始めた頃の初期衝動を思い出せるような、原点回帰という思いも込められたライヴだったので、来ていただいてとても嬉しいです。10年前はインディーズバンドとしてノルマを払って、誰にも知られずにライヴをやってたんですけど、そこから代官山UNIT、渋谷CLUB QUATTRO、恵比寿LIQUIDROOM、新木場STUDIO COAST、Zeppツアーとやってきての横浜アリーナだったので。その先は決まってないですが、皆さんの希望になれればいいなと思っています」(フクダ)

今回の横浜アリーナ公演が羊文学にとって大きな糧になったことは、アンコールに応え、ステージに戻ってきた時、それぞれに今後の抱負を語った塩塚とフクダの言葉からも明らかだったが、それはやはり三人で臨んだからこその大きな手応えだったのだろう。

アンコールに三人が選んだ一曲は「夜を越えて」。歪ませたコードをかき鳴らす塩塚のギター、演奏のグルーヴを担う河西のベース、タイトにリズムをキープするフクダのドラム。一つになった三人の演奏が熱を放ちながら、最後の最後に観客に見せつけたのは、羊文学のアンサンブルの核だった。

Photo by ASAMI NOBUOKA

Photo by Daiki Miura

Photo by Daiki Miura

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【SET LIST】
1. 予感
2. Addiction
3. 踊らない
4. ロマンス
5. 1999
6. honestly
7. mother
8. GO!!!
9. 人間だった
10. 若者たち
11. マヨイガ
12. 永遠のブルー
13. 恋なんて
14. OOPARTS
15. more than words
16. 光るとき
17. FOOL

ENCORE
1. 夜を越えて


羊文学:https://www.hitsujibungaku.info/

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