Signature Model Interview | 鈴木茂 -前編-

ジミ・ヘンドリックスが出てくるまではストラトの存在をそれほど意識していなかった

日本を代表するギタリストの一人、鈴木茂。1970年にはっぴいえんどのギタリストとしてデビューし、そのプレイとサウンドで人気を得る。1974年には、サンタナ、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、タワー・オブ・パワー、リトル・フィートのメンバーなどを迎え、サンフランシスコ/ロサンゼルスでレコーディングした初のソロアルバム『BAND WAGON』を発表。これは今も色褪せない、日本のロック史に輝きつづける名盤だ。それ以降彼は、他のアーティスト作品への参加も含めて、日本の音楽シーンに欠かすことのできない大きな存在となった。 その鈴木茂の新たなシグネイチャーモデル、Made in Japan Limited Shigeru Suzuki Stratocaster®がリリースされる。それを記念したこのインタビュー、前編ではストラトとの出会い、『BAND WAGON』からの愛器、フィエスタレッドの1962年製ストラトなどについて伺った。

“ゆでめん”で使ったのは、借り物のストラト

──まずは、茂さんとストラトキャスターとの関わりについてお伺いします。2025年の〈FENDER EXPERIENCE 2025〉で茂さんは、1960年代にはストラトキャスターよりもジャズマスターやジャガーのほうが人気があったけれど、1966年にジミ・ヘンドリックスが出てきてから、その状況がまったく変わったとおっしゃっていました。茂さんが経験されたリアルタイムでのジミの衝撃というのは、相当大きかったんですね。

鈴木茂(以下:鈴木) そうなんです。僕はベンチャーズがきっかけでギターを弾きはじめたんですよ。ベンチャーズの初期のリードギタリストのボブ・ボーグルさんはジャズマスターやジャガーを使っていたんですよね。そして、サイドギターのドン・ウィルソンさんはストラトでした。だからストラトというのは、リズムカッティングに向いているギターぐらいに思っていたんです。細かいリズムのニュアンスが出せますしね。

──確かにそうですね。

鈴木 それが、ジミ・ヘンドリックスが出てきて、ストラトキャスターをアンプにつないで、ズンと大きな音で歪ませて弾いたんですね。それを聴いて、ウワッと思いました。あのストラトキャスターが、こんな凄い音になるんだ、と。リズムを刻むシャキシャキした音から、派手な暴力的な音まで、ジミ・ヘンドリックスによってストラトの幅が一気に広がっちゃったわけです。

──そうすると、茂さんがジミの魅力を知るのとストラトの魅力を知るのは、ほぼ同時だったと思ってもいいんでしょうか?

鈴木 そうなんです。それまではストラトの存在をそれほど意識していなかったんですよね(笑)。ストラトは完全な脇役でしたから。リズム刻むのにはいいよね、ぐらいな。だから、ジミ・ヘンドリックスがストラトキャスターの魅力を世の中に広めたんだと思います。

──そのころ茂さんは、トラフィック(1967年にアルバム『Mr. Fantasy』でデビュー)のデイヴ・メイスンなども聴かれていたとのことですね。

鈴木 デイヴ・メイスンのフレーズがとっても分かりやすくて、覚えやすくて、いいなあって思って、よく聴くようになりましたね。ジミ・ヘンドリックスとはまた違った、もっとポップ寄りのスタイルですよね。アームの使い方も面白くてね。過激ではなくて、滑らかで、心地よい使い方なんです。

──茂さんが初めてストラトを使ったのは、はっぴいえんどの“ゆでめん”(1970年発表の1枚目『はっぴいえんど』の通称) でのことですよね。

鈴木 あれは渋谷のヤマハからの借り物でしたね。ソープバータイプのピックアップが二つ付いていて、しっかりした音で、なおかつ繊細な音も出るギターでした。本来のストラトではないんだけども(笑)。

──1968~1970年製のラージヘッドでローズウッド指板のものでしたね。前からお聞きしたいと思っていたんですが、当時の写真を見ると茂さんはブリッジカバーを付けたままで弾いていらっしゃるんですが、なぜだったんでしょうか?

鈴木 借り物だからいじれなかったんじゃないですかね(笑)。借りたまま使っていたんだと思います。

フィエスタレッドの1962年製ストラトとの出会い

──その後の茂さんの愛器となるフィエスタレッドの1962年製ストラトは、1973年にロサンゼルスで買われたんですよね。1974年の10~11月に初めてのソロアルバム『BAND WAGON』をサンフランシスコとロサンゼルスでレコーディングされていますが、その前年のことですね。

鈴木 そうです。ロスに行った時に、ストラトがぜひ欲しいなと思って探していて。それで、普通の民家の居間に、暖炉なんかもあって、壁にギターを吊るしてあるギターショップに行ったんです。その中で、フィエスタレッドは色が目立ってたんでね、この色面白いなあと思って、色で選んじゃったんです(笑)。もちろん試奏もしましたけどね。その時にアンプも欲しいなと思っていたんですけど、そしたら近くの質屋さんみたいなところにJBLのスピーカーが入っているDeluxe Reverbを見つけたんです。当時JBLが好きだったこともあって、それも買って一緒に日本に持って帰りました。そのアンプは今も使っていますよ。フィエスタレッドは確か、当時のお金で14万円ぐらいでしたね。当時はビンテージじゃなくて単なる中古品でしたからね(笑)。

──その時、フィエスタレッドのストラトはフルオリジナルだったのでしょうか? 今はヘッドのストリングガイドが、1955年までの丸型のもの二つになっていたりしますが。

鈴木 あれは、実は最初は何も付いていなかったんです。いや、普通の羽型のものが一つ付いていたかな? とにかく、強く弾いた時に弦がナットから外れちゃうことがあったんです。それで僕が二つ付けたんですよね。

──それ以外にも、けっこう改造されていますよね。

鈴木 もともとはネックが太くて、丸太を半分に切ったようなやつだったんで(笑)、削りました。それと、このストラトは低音が少なかったんです。だから、当時セイモア・ダンカンがピックアップを巻き直してくれるということだったので送ったんですけど、結局戻ってこなかったですね(笑)。

──ええ! 今では考えられないことですね(笑)。

鈴木 それで、楽器屋さんでビンテージのピックアップをバラ売りしていたので、何個も買って、テスターで調べて、その中から元のよりも巻き数が多いのを選んで付け替えました。年式は分からないけど、1960年代のだと思いますね。あとはノイズ対策のために、ピックガードを外してキャビティに銅板を貼ったり。それと、トライガードというテープをピックアップの裏側に張り付けたりとかもしましたね。どうしてもビンテージのギターって高音が落ちてくるんですけど、これをやると高音がシャキッとします。今は取っちゃっていますけど。

──ノイズキャンセリングシステムが搭載されていたこともありましたね。

鈴木 それは今も付いていますね。これを付けるとほんのわずか高音が落ちるから迷ったんですけど、でもまあ許せる範囲なので。ノイズは劇的というほどではないですけど、かなり取れますね。

──コンプレッサーが内蔵されていたこともありました。

鈴木 ありましたね(笑)。アームを使っていなかったから、トレモロ・ブロックはスペーサーを入れて動かないように固定して、スプリングを外して、そのスペースにコンプの基板を入れて、電池も入れて。今はもう外していますけど。あれは1980年代ぐらいですかね? 『BAND WAGON』のレコーディングの時には普通に足元にコンプを置いていたので、その後のことなのは間違いないですね。

──コンデンサーも替えられていますよね?

鈴木 1990年代になってからぐらいかな、スプラグのバンブル・ビーに替えましたね。そのほうがメロディを弾いた時などに音が柔らかいのでいいんですよ。

──『BAND WAGON』の時には、こうした改造はまだまったくされていなかったんでしょうか?

鈴木 そうですね。ネックもまだ削っていないし、『BAND WAGON』の時はまだオリジナルのままでしたね。

Limited Shigeru Suzuki Stratocaster

>> 後編に続く(近日公開)


鈴⽊茂
51年、東京都⽣まれ。68年にスカイを結成しプロデビュー。69年、細野晴⾂に誘われ、松本隆、⼤滝詠⼀とヴァレンタイン・ブルーを結成。翌年、バンド名を”はっぴいえんど”と改名し、アルバム『はっぴいえんど』でデビュー。アルバム『⾵街ろまん』、『HAPPYEND』を残し、72年末に解散。74年、単⾝L.A.に渡りソロアルバム『BAND WAGON』を完成させる。帰国後ティン・パン・アレーのメンバーとして数多くのセッション活動を重ね、ソロとしても7枚のアルバムを発表するかたわら、スタジオワーク、ライヴサポート、アレンジャー、プロデューサーとしても活躍。2000年、ティン・パン・アレーのメンバーだった細野、林⽴夫とともにTin Panを結成し、アルバム『Tin Pan』をリリース。2019年に活動50周年を迎え、現在も伝説的ギタリストとして幅広い世代からリスペクトされている。
http://suzuki-shigeru.jp

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