Cover Artist | キタニタツヤ -前編-

ギターだろうがベースだろうが入り口はフェンダーでしょって

TVアニメ『呪術廻戦』第2期「懐玉・玉折」のオープニングテーマ「青のすみか」が大ヒットを記録し、『第74回NHK紅白歌合戦』への出演を果たすなど、ミュージシャンとしての存在感をますます強固なものにしているキタニタツヤがFenderNewsのCover Artistに登場。インタビュー前編では音楽との出会い、プロデューサー、作曲家視点で語るフェンダーの魅力について話を聞いた。

ベースはシンプルな楽器として音楽をやる前から好感を持っていた

──音楽に目覚めたきっかけから教えてください。

キタニタツヤ(以下:キタニ) 音楽の目覚めはギターロックです。ASIAN KUNG-FU GENERATIONですね。いわゆる“下北系”と呼ばれる4人組編成のバンドをずっと聴いていました。アジカンを初めて聴いたのが小2くらいで、それからずっとギターロック系のバンドを追っていましたね。

──何が琴線に触れたんですか?

キタニ 当時、音楽はロックしかないと思っていたので(笑)。もともと母親が海外のロックが好きで、“日本のロックはロックじゃない”みたいな極端な人だったんですけど、流れている音楽に似た音楽で俺にも言葉(歌詞)がわかるところかなぁ。でもアジカンは歌詞が難しいので、たぶん子供の頃はよくわかっていなかったと思う。やっぱりBPMが速くて、ギターがジャカジャカしているところが琴線に触れたんだと思うんですよね。

──楽器を始めたきっかけは?

キタニ 最初はベースですね。幼少期からベースという楽器は認識していたけど、そもそもベースの音がどれかなんて普通はわからないじゃないですか。だけど昔に聴いていた音楽を最近聴き返してみると、やけにベースの音量が大きい音楽が多いんですよね。ギターほど複雑じゃなくて単音のメロディだから口ずさめるし、シンプルな楽器として音楽をやる前から好感を持っていたと思うんです。何か音が低くてカッコいいぞと。中学を卒業する時、“高校に入ったらバンドやろうね”みたいな話を友達としていて。ギターが弾けて少し歌える奴と、もう一人がドラムをやると言うから、“じゃあ俺はベースか。玄人っぽくていいじゃん”みたいな感覚だったと思います。

──どのような音楽をコピーしていましたか?

キタニ 高校の時の軽音楽部が特殊でバンドを組まないんですよ。その代わり曲ごとにメンバーを集めるので、人気のあるプレイヤーだったら“この曲でも弾いてよ”と、一回の文化祭で20曲ぐらい演奏することもあるんです。1年生の時から怖い先輩に呼ばれて、ポップスをやる時もあればメタリカを弾かされたり(笑)。違う! メタリカは俺が歌ったのか!

──ハードル高いじゃないですか。

キタニ 本当に何でもやらされました(笑)。自分が主体的にコピーしたのは、やっぱりアジカンとDOESとTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTですね。耳コピをする場合は、ベースの音量が大きいものとシンプルなリフじゃないとわからないのでVOLA & THE ORIENTAL MACHINEや8ottoとか。その二つのバンドが小学生の頃から大好きで、初めて耳コピしたのがその2バンドでしたね。セクションごとにどうフレーズが変わっていくか、一つのリフだけど少しずつ展開する感じとか、その2バンドの影響がめちゃくちゃ大きいと思います。

──ギターは先輩にお願いされて弾き始めたんですか?

キタニ その前から家で触っていたと思うけど、高1の終わりには曲を作り始めていたので、ギターも見よう見まねで弾いていましたね。何かをコピーした記憶はあまりないなぁ。

──一日にどれくらい練習していましたか?

キタニ 軽音楽部もろくに出ずに学校が終わったら即帰宅して弾いていたので、4〜5時間はやっていたんですかね。でも練習って感じじゃなくて、ただコピーするだけ。文化祭があるたびに自分の曲数を増やして、負荷をかけて練習しまくるみたいな。下手なうちは上達が早いから、できないことがすぐできるようになるじゃないですか。それが楽しかったんだと思います。

──オリジナルのバンドは組んでいなかったんですか?

キタニ バンドではなく一人でやっていましたね。家で曲を作ってドラムを仕込んでギターを録音して、スピーカーで流しながらベースを弾いて歌って。本当はバンドをしたかったけど、ドラマーやギタリストが入っても“俺のほうが弾けるな…”と(笑)。

──ボカロPとして活動し始めた頃(2014年)からミュージシャンでやっていこうと?

キタニ 全然ですね。曲を作るのも聴いてもらうのが楽しいからで、仕事にするかどうかは考えていなかったです。大学を卒業する頃、みんなが就活をするから焦り始めて。ネットで音楽を発信してきた友達から職業作家という仕事があることを知って。子供の頃は漠然とバンドマンになると思っていたけど、音楽を仕事にするにはこういうことだったらあり得るなと。それで大学を出るか出ないかの頃に、作曲家になるためにいろいろなコンペを受けるようになったんです。だから僕のキャリアのスタートは作家としてでした。

Mustang Bassはアメリカのキッズが宅録で弾いているイメージ

──初めてフェンダーを手にしたのはいつですか?

キタニ 初めて自分でフェンダーを持ったのは意外と遅いかも。

──ベースですか? ギターですか?

キタニ ベースですね。しかもカスタムショップのベース。19歳の頃に先輩に呼ばれて名前を隠してバンドでベースを弾いていたんです。僕はお金がない大学生で、しかし普段自分が使っているベースをそのまま持つと正体がバレると(笑)。ようは先輩に買ってもらったんですよね。どうせならいいモデルを買ってもらおうと、すっとぼけて“これがいいです”とか言ってカスタムショップのめちゃいいベースを買ってもらいました。自分で初めて買ったフェンダーは日本製のPrecision Bassですね。ギターは2023年の秋ぐらいにStratocasterを買いました。ギターでフェンダーを持ったのはそれが初めてかな。プロデューサー、作曲家視点で考えるとジャズべのほうが使い勝手がいいんです。でも曲によってはプレべの音が欲しい時もあるし、Mustang Bassもめっちゃ弾いていますね。

──それぞれどんな使い分けを?

キタニ Mustang Bassは「憧れのままに」というyamaさんと一緒にやった曲で弾いています。何となくですけど、アメリカのキッズが宅録で弾いている、僕にとってはそういう“いなたさ”があるイメージなんですよ(笑)。だからD.I.(ダイレクトボックス)直みたいな音にしたい時、アンプを使わずインターフェースにMustang Bassを差して、その音をそのまま使うみたいな。そういうヘタウマっぽい雰囲気を出したい時によく使いますね。

──なるほど。

キタニ 自分はアジカンで育ったので、プレべは薄っすら歪ませてピックでゴリゴリ弾きたいイメージですね。自分の曲に「旅にでも出よっか」という歩くような速さの優しい曲があって、その鍵盤を弾いてくれている平畑(徹也)さんに“タニやんはこういう曲でも16分(音符)でピックでゴリゴリ弾くんだね”って言われて。

──体に染みついちゃってる(笑)。

キタニ そうなんですよね。それもすごくベースを聴き取りやすいので聴いてほしいです。自分にとってプレベはそういう道具な気がしますね。ヨルシカの時だと、もうちょっとおじさんな感じの曲で使うんです。よりルーツに近い音楽を出したい時ですよね。ロックにせよモダンにせよ、洗練されていない雰囲気に近づけたくなる時ほどMustang Bassとかプレベにいくのかな。

──フェンダーのギターはストラトだけですか?

キタニ そうですね。本当はずっとテレキャスが欲しいんですよ。うん、欲しいなぁって(笑)。

──数あるモデルの中からなぜストラトを選んだのですか?

キタニ これも作曲者視点の話ですけど、ギターはいろいろなモデルを1本ずつ持ちたい派なんです。テレキャスを1本、ハムバッカー系を1本みたいな。みんなが“とりあえずこれだよね”って思うもの、要は昔からあるスタンダードが好きなんです。

──フェンダーというブランドに対するイメージは?

キタニ フェンダー以外の選択肢があまりないかもなぁ。“フェンダー使うんじゃないの?”みたいな。それは楽器を始める前から思っていた気がします。要はギターロックバンドばかり聴いていたら、ジャキジャキ鳴っているギターは軒並みフェンダーのシングルコイルですよね。ギターだろうがベースだろうが入り口はフェンダーでしょって、自分にとって当たり前のものとしてフェンダーを認識していました。日本人なら畳でしょ、みたいな感覚。それは今もそうですね。

左:Vintera II 60s Precision Bass | 右:70th Anniversary American Professional II Stratocaster

>> 後編に続く(近日公開)


キタニタツヤ
2014年頃からネット上に楽曲を公開し始め、ボカロP“こんにちは谷田さん”として活動をスタート。2017年より、高い楽曲センスが買われ作家として楽曲提供をしながらソロ活動も行う。シンガーソングライター以外にも、サポートベースや楽曲提供など、ジャンルを越境した活動を行う。
https://tatsuyakitani.com

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